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【完】季節はめぐり - 第十三話

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 私はおにぎりをひとつ食べ終えて、もうひとつ聞いておきたかったことを聞く。

「あとさ、あれは、本気、なんだよね」

 あれ、が真衣の昨日の告白を指していると伝わったらしい。真衣は急に顔を赤くしてうつむき、髪の毛先を指でいじった。

「私がそんな嘘をつけるように見えますか?」
「見えない」
「ですよね」

 耳まで赤くして、それでも顔を上げた真衣は私をまっすぐ見つめて懇願した。

「でも、答えはいらないです。というか、今はまだ答えないでください。わがままでごめんなさい」

 それもそうだ。あの状況でのあれを告白と言ってしまうのはさすがに可哀想だろう。私も無理やり言わせたようなところがあったし、お互いにお酒が入ってよくわからない状況だったから。それに、私は告白されるシチュエーションとか雰囲気とか別にどうでもいいと思っているタイプだけど、お酒に酔ってベッドの上で告白してセックス未遂しました、というのはさすがにちょっと恥ずかしい。

「じゃあ、ノーカン、みたいな?」
「うー……でも、それはそれで、ちょっとくやしいというか」
「ふむ」

 真衣は腕を組んで、うーんと数秒ほど考え込む。それから何か答えが得られたのか、真衣は姿勢を正して私とまっすぐ向き合った。

「じゃあ、改まってこう言うのも変ですけど」

 その真剣さに、私も手を止めてじっと向き合う。ほんの少しだけ、心が緊張する。

「私と、まずは友達から始めませんか?」

 てっきりまた告白されるのかと思ったら、予想外の言葉だった。あまりにも大真面目な顔でそんなことを言うから、私は思わず吹き出してしまう。自分の言動の可笑しさをわかっていないらしい真衣が、不思議そうな顔で私を見た。

「真面目すぎるでしょ。今どきわざわざ友達になろうなんて言う人いないよ」
「だ、だって! 昨日までは先輩と後輩だったじゃないですか。だから、今日からはお友達がいいな、って」
「なるほどね。一理ある」

 真依は恥ずかしげに、けれども期待に満ちた眼差しで、私の答えを待った。

「いいよ。っていうか、もう友達でしょ」

 私が言うと、真衣は幸せそうに目を細めた。まだ一日が始まって数時間も経っていないのに、真衣は何度も何度も、幸せそうに笑った。こんなに幸せそうに笑う人を、私は久しぶりに見た気がする。
 そんな真衣につられて、私の口角も自然と上がる。今はまだぎこちないかもしれないけど、私も真衣と同じ幸せを感じながら、こうやって何度も自然に笑える日がまた来るのだろうか。そんな微かな希望を抱いてみたりする。

「さ、そろそろ行かなきゃ。私、いったん家帰りたいし」
「私もシャワー浴びないと」
「ごめんね、長々とお邪魔して。片付けもまともにしてないし」
「いえいえ、お気になさらず」

 さすがにこれ以上遅くなると、今日一日カフェが臨時休業することになりかねない。飲み終わったみそ汁のカップとおにぎりのフィルムを二人でかき集めて、コンビニ袋の中にせっせと突っ込む。私は鞄を手にして、お邪魔しました、と玄関へ向かい靴の中に足を入れた。

「あっ、悠月さん、ひとつだけ! 私、行きたいところがあるんです」

 靴を履いて、ドアノブに手をかけたところで真衣が言った。

「どこ?」
「水族館、品川にある。今特別なショーのイベントやってるんですよ」
「あそこ、普通の水族館だよ」

 言ってから、一瞬「しまった」と思った。これは心の関所で止めるべき台詞だったのでは? 素直に「いいね、行こう」と言えないのが私の悪いところだ。

「普通だからいいんじゃないですか」

 それでも真衣は、なぜか楽しそうな声色で答えた。そういうものかな、と思いつつ、ひとまずは「そんなこと言わないで」と怒られなかったことに安堵する。それに、真衣と水族館デートをするのは案外楽しいかもしれない。もしかして、私が水族館好きなの知ってるのかな。思い返せば、まだまだ真衣と話し足りないこともたくさんある。だから、返事は決まってる。

「まあね。じゃあ次の定休日でどう? 来週水曜」
「本当ですかっ? 約束ですよ!」
「もちろん、楽しみにしてる。じゃ、またあとで」

 どうせ一時間もすればすぐにまたカフェで会うのに、真依はドアを開けて顔を出し、私が階段を降り始めるまで手を振って見送ってくれた。

 小走りで駅の改札を抜け、出発寸前の電車にぎりぎり駆け込んで、忘れないうちにスマホを取り出して予定表アプリを開く。
 一瞬、いつもの癖で数か月前の予定を見そうになり、指を止める。もう過去の予定を見る必要はない。少なくとも、これから、真衣と一緒にいるしばらくのうちは。

 来週の水曜日をタップして、新しい予定を作成する。

「真衣、水族館」

 ラベルの色は、橙色にすることにした。

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