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新人くんはひとこと多い


社会人三年目にして、ついに私にも「部下」がついた。その部下は社会人一年目の新人で、私が教育係といったところだ。


「平野さんっすよね!畑中涼平です、今日からお世話になります。頑張るので、よろしくお願いします!」

この新人くん、元気なのは大変結構なのだが少々困ったところがある。何かとひとこと余計なのだ。

「承知しました!いまやろうとは思ってたんですけど。」

「そちらの説明がもう少しわかりやすければ助かったのですが、お時間頂戴しておりすみません。」

「申し訳ありません、ただ、元はと言えばそちらが資料を紛失されたことが原因なのですが、その点は理解いただけていますか?」

仕事となれば一つや二つ黙っていなきゃいけないことはどうしてもある。常に頭を下げよというわけではないし、本質的な問題の解決法は常に模索せねばならないが、些細なミスの一つや二つは追及せずに許し合う方が結局お互いにとってやりやすい、というのは仕事に限った話ではないだろう。保身のために発せられたひとことが、相手には言い訳にしか聞こえずむしろ心証が悪くなるのもよくある話だ。

さすがにまだ社外との大きなやりとりを任せてはいないものの、電話口でのやりとりやメールをみていると、直接の上司としてはヒヤヒヤする。もちろん何度も指導しているのだがなかなか直らない。



「平野さん、今日昼、空いてます?ご飯いきません?」

彼に誘われ、今日は二人でランチに行くことになった。同じ部屋で机を並べて仕事をしているので珍しいことではない。なんだかんだ気楽にご飯を食べられるくらいの仲にはなっているんじゃないかな?というのは上司の思い上がりだろうか。


何やら今日は畑中くんがおとなしい。「今日も暑いっすね〜」などと言ってヘラヘラ笑っては水を飲むことを繰り返している。


「俺、平野さんは大人だなあって思うこと多いんすよね。」

唐揚げ&生姜焼き定食を食べながら畑中くんは唐突に私の話を始めた。

「なんかすごいちゃんと、社会人らしくしてます。責任感も強いし、言われたことはなんでもやれますし、不満とか全然言わないじゃないっすか。」

「んー、そう?」

やらなきゃいけないと言われたことを、ただやっているだけ。それ以上のことを考えたことはなかったので、あまりピンとこない。もしかして自分は、何も考えずにただ業務をこなすマシンになっていないかと一瞬ギクリとする。

「俺、なんでこんな仕事してんだろうとか、謝らなきゃいけないのはそっちだろ!とか、そういうこと考えちゃうんすよね。てか、考えるのはいいとしても、やっぱ言っちゃダメだよなあって、平野さんにも怒られますしわかるんすけど、言っちゃうんすよねえ。」

頼むからそれを直してくれと何度言わせるつもりなんだ。

「どうしたらいいんすかね、俺。」

上司にいつも怒られることをその上司に相談するなど呆れるような話だが、畑中くんがこんなふうに真剣に悩んでいたとは気づかなかったな。

「じゃあそれ全部、わたしが聞く。」

「え?」

言ってからしまった、と少し後悔した。仕事の不満を聞いてあげる係だなんて、恋人じゃあるまいしやってられないぞ…。

「わたしがあとから聞いてあげるから、その時は何か不満に思ったことがあっても、グッと堪えてみて。それで、話したいことができたらいつでも教えて?とりあえず、畑中くんのひとことが無くなればわたしとしては問題ないから。」

部下である畑中くんに必要以上の気配りを見せてしまったようなのがなんだか恥ずかしくなってしまい、あくまでこれは業務上の課題を上司として処理しているだけだから、というポーズを加える。


「マジすか?!ありがとうございます!俺、頑張ってみますね!」

畑中くんは明らかに嬉しそうな顔をする。まったく、素直で可愛らしい。

「俺、平野さんが初めての上司でほんとよかったっす!実はここに来た時から、なんて素敵な人なんだって思ってたんすよ。優しいし、仕事もできるし。やっぱり平野さん好きだわ〜」

「何言ってんの。ほら、もう会計するよ。」

そういえば今日は、先日畑中くんが半ギレしていた取引先との打ち合わせがある。さあ、どうなるかな。

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