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寿司

「玉子ってすごいよね」

アズサがそう話しかけてきたのは、ポストにたまったチラシをわたしが処分していたときだ。
「ん?」
手を止めて彼女の顔を見る。

アズサはわたしが捨てようとした出前寿司のチラシを手に取っていた。
チラシには「予約受付中!」という文字とすし詰めになったにぎり寿司の写真が掲載されている。
寿司か…。そういえばこの間ボーナスが入ったし、久しぶりに寿司をとってみるのもいいかもしれない。

「すごいって、なにが」
「いや、だってさ」
アズサがわたしの目をじっと見つめてくる。
意味ありげに間を置いたのちにアズサは続けた。

「魚ではないじゃん、玉子は」

なんだ、そんなこと。拍子抜けて笑うわたしを尻目にアズサはチラシに視線を戻した。
「それはそうだけど。いまさら?」
アズサは真面目な顔をしている。アズサは言葉を選んでいるんだ。
そうわかるとわたしは沈黙を維持した。

「最近ふと考えたことがあって」
うんうん、と再びチラシを流し見しながら相槌をうつ。
「集団ってさ、異質な存在がひとりでもいたほうが全体としてうまくまとまると思うんだよね」

アズサが時折突如はじめる「最近ふと考えたこと」の話を聞くのがわたしは好きだ。当たり前のようなことを彼女らしい言葉で語ってくれるのが好きだ。

「なんだろうな、ひとつだけちょっと違う性質のものっていうか」
そう言うアズサの視線はなお寿司のチラシに向けられている。
「ふーん。たとえば…クリスマスツリーのてっぺんの星、とか?」
アズサの意図するものがいまいちわからず、作業する手を止めて適当に思い浮かんだものをあげてみる。

「いや、そういう特別な存在ではないんだよね。ひときわ輝いてるとか目立ってるわけでもないし、それがなくちゃ完成しないってわけでもないの。クリスマスツリーは星が無いと物足りないじゃない?」
「そうだね」
「いまアズサが考えてるのはそういうんじゃなくて、それこそお寿司の玉子みたいな感じ」
なるほどね、と寿司のチラシに目をやる。

「たとえばお寿司にエンガワが入ってなかったら『えぇーっ』てがっかりするじゃん。でも玉子ってさ、お寿司食べるときにまあ別になくてもいいじゃん」
エンガワへの感度の高さは人それぞれだと思うぞ?とつっこみつつ言いたいことはわかるので黙ってうなずく。
「そういう存在。別に主役級ではないし、いなくてもいいんだけど、いるとちょっと嬉しいしなんか全体としてまとまる、みたいな。

たぶん玉子は居心地悪いんだよ。『自分だけ魚じゃないのになんでこんなところにいるんだよー』って思ってる。でも玉子がいてくれるとお寿司全体がなんかまとまる。たぶん玉子もそれをなんとなくわかっていて、ちょっとそわそわするけどその役割が嫌いじゃない、みたいな」

アズサの言葉を聞きながらわたしは握り寿司を食べているときの「この辺りでいったん玉子を食べるか」と思うあの瞬間を思い出している。玉子のよさがわかるようになったのは大人になってからだったな。

「でね、そういう風に、集団とかグループってちょっと異質なものがひとつあるほうが、本人は居心地悪いかもしれないけど全体で見るとまとまったりするんじゃないかなーって思うの。誰かがちょこっとの居心地悪さを抱えながらもそこにいてくれるおかげで全体としてバランスがとれてるようなことってあるんじゃないかなって」

わたしはその言葉を聞いて、同僚の深見さんを思い出していた。深見さんはとても優秀で、意見を積極的にいうタイプだ。ほかの人が思いつかないような意見を出してくれることが多いのでわたしたちはいつも感嘆している。
一方、それが故に賛同を得られないときも当然ある。発言の背景をなかなか理解してもらえなかったり、ほかのメンバーが至っている共通の理解に深見さんだけ追いついていないときもある。たいていは説明不足な部分の各自の勝手な解釈が深見さんだけずれているようなパターンで深見さんの理解能力の欠如ではない。そんな時、深見さんは少し困ったような寂しそうな顔をする。深見さんは玉子なのかもしれない。

「そうかもね」
自分なりにアズサの考えを理解したわたしはそう答えた。

アズサらしい発想だと思った。彼女もどちらかというと名脇役というか、縁の下の力持ち的な立ち回りが多い印象がある。きっと最近もそういう居心地の悪さをどこかで感じたんだろう。せめて自分といるときは彼女が彼女で言うところの「エンガワ」らしくいてくれたらいいなと思う。

「ねえねえ、お寿司の出前頼まない?アズサ、玉子食べたくなっちゃった」
「そうだね」
「エンガワ入りでね」
「『えぇーっ』ってなっちゃうもんね」
「そうだよ!」

今度深見さんにこの話をしてみようかなと思った。
深見さんの意見が聞いてみたい。わたしとも、アズサとも違うはずだから。



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