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製造系の理系の企業家が陥る、資金繰りの話

前回はこちら:

 これまで、理系の企業家(特に起業家)から距離があり、事業に重要な資金に関わる基礎的な話題を中心に取り上げてきた。今回は、特に製造系の事業家が事業運営を始めてみると気付く資金繰りのことについてポストしようと思う。本ポストで、事業を立ち上げ前に、最初から財務的に成立しない計画になってないかを検証する一助になればと思う。

損益計算書(PL)の罠、資金回収までできて事業

 BtoBに関わる事業をしている理系の企業家が特に注意しなければならないのが、”掛取引”による商売だ。特に事業開始すぐで、かつ大企業内での企業内起業でない限り、顧客は掛取引を基本に考えている。よって、顧客に商品やサービスを販売すると、PL上は販売した時点で収益(売上)計上されるが、その収益が現金として入金されるのは販売後になる。これを売掛金と勘定科目で呼ばれている。例えば、あなたの事業の顧客が3カ月の掛で購入する場合、あなたの会社に代金が入金されるのは3カ月(販売時期や契約により、さらにひと月程度長く)の時間を要することになる。これだけでも頭痛の種だが、必要な資金についての悪いニュースはまだまだある。

色々かかるPLでは見えない資金

 事業運営上、売掛金以外にも資金が必要となる。製造業であれば、まず、商品を製造するための原料、加えて、製造中の半製品もあるだろう。さらに製造された商品がすぐ売れるわけではないため、製造された製品が出荷されて顧客に販売されるまでの製品在庫もある。これらは、PL上の損失ではないが、手元の資金が減少し、ものに形を変えてそこらじゅうに存在している状況である。このように、原料、半製品と製品のそれぞれの在庫に売掛金を加えた資金を準備しておかないと、事業開始後、数カ月で資金が尽きる。

買掛金という福音は新規事業であてにできるか?

 勘のいい理系の企業家であれば、製品を販売する際に売掛金があれば、その反対に自分が買うときに掛で買えれば良いと考えるであろう。その通りであり、実際、勘定科目には買掛金が存在する。
 しかし、冷静に考えて欲しい。理系の企業家が新しい事業を開始する際、買掛金、つまり、代金後払いで商品の販売をしてくれるであろうか?スタートアップであれば困難であろうし、企業内起業においても、母体の企業の事業領域でない場合は同様に難しさがあるのではなかろうか。よって、母体の企業の事業領域や巨大企業内での新規事業の場合のみ、それが期待できると考えるとよい。このように、自身の事業形態を見つめなおし、厳しい視線で掛で購入できるかを判断してほしい。それでは、どの程度、資金が必要になるのであろうか?

運転資金の見積は事業立上げの前提

 講義ではないので、とても簡単な事例を考えていこう。単純な式では、必要な資金は売掛金+各種在庫(棚卸資産)ー買掛金で計算できる。
 ある理系の企業家が電気自動車用のモーターの部品を製造する会社を起業したとしよう。まず、原料の調達が容易で、製造に時間がかからないため、在庫は完成品のみとする。また、ある程度の大ロットでの納入が求められ、製造から販売まで平均1カ月程度かかるとする。最後に、この販売先はモーター企業の商慣習として3カ月の掛で購入する。一方、原料の購入については、起業後すぐでもあり、現金取引を選択しなければならない状況であったとしよう。
 この場合、この企業はひと月の完成品の製造原価の4か月分の資金を用意する必要がある。つまり、ひと月の完成品の製造原価が100万円なら400万円、1000万円なら4000万円といった資金だ。また、商売が拡大するほど、資金が必要になるという、なんとも皮肉な状況に陥る。さらに、このモーター企業が世界最大のモーター企業に買収され、4カ月の掛での購入を要求されれば、さらにもう一か月分の資金が必要になるであろう。
 このように、現在想定される資金需要に加えて、複数のシナリオを準備し、それぞれにおける資金需要を見積もることも重要であろう。 

掛制度を使いこなす企業の事例研究

 一方で、この掛を使いこなしている企業もある。
 ひとつは、強力なブランドを持つBtoC企業だ。イトーヨーカドーなどの大手小売りやアマゾンなどは、顧客からの販売代金は即時回収するため売掛金が不要である一方、それらの企業が巨大で交渉力があるため、購入商品の代金支払いは3カ月先を超えるものもあるだろう。
 もうひとつは、BtoBでありながら、その商品力や事業形態により支配的な立場であるため、同様の取引による便益を享受している企業がある。前者は、アップルや、バドワイザーのブランドを持つアンハイザーブッシュなどだ。これらは、売掛金がマイナスの受注生産や短期の支払いを小売店などに要求する一方、原料納入や製造委託企業への支払いは半年に迫る長期の掛での購入を実施している。後者は、セブンイレブンのようなフランチャイズがあげられる。セブンイレブンは、商品をチェーン店オーナーに販売し、その支配力より販売代金回収までの時間が短い一方、その巨大な購買力で長期間の掛での購入を実現している。
 このような場合、先述の公式では必要な資金がマイナスとなる。つまり、先ほどの起業の事例とは反対に、事業拡大するほど手元の資金が増大するため、事業運営や投資に必要な資金を外部から調達することなしに実施できることになる。

まとめ

 いかがであったろうか?この”掛”は理系の企業家にとって不案内と考えたため、基本的な考え方に加えて、複数の事例を書いてみた。本内容の理解が進んだのであれば、幸いである。これから新規事業を始める場合、この点を明らかにしておくことで、事業の失敗確率を下げることができる。是非、事業設計段階で留意してほしい。くれぐれも、事業開始時点で資金ショートが確定していることがないように。
 

記事を書くときの素材購入の費用などにさせてもらえればと思います。