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存在

たまにわからなくなるもの。

わざわざ確認しなければわからなくなってしまう時期がきた。
存在価値、理由。
別になくたって存在していてもいい。
そもそも、生きるのも死ぬのも、ただそうでありたいからそうであって、今更考えるようなことでもないのかもしれない。

それでも、考えてしまうときがある。
もう昔みたいに誰かに自分の価値を示さなくても、息をしているだけで認められるような環境にいるのに。
ふとした瞬間に、自分という存在や日々への意識が薄くなっていくような感覚になる。
本当に嫌になるくらい、過去はずっと私に纏わりついて、色々な人がくれた大切で温かい言葉を、一瞬でかき消すような騒音が襲ってくる。

なんだったけ。あの時の私の幸せな気持ち。
救われた心。なんでもう過ぎ去った忘れたい言葉ばかりが残っていくんだろう。

生きなきゃという気持ちで、耐えて耐えて必死に食らいついてきたけど、今はもう耐えなくても必死にならなくても、自分を脅かす存在はいない。
少しずつ、生きよう。と思えてきてはじめて、自分のやりたいことや意思がでてきたように思う。
誰かの目を気にしないで生きてもいいのかな。
私は赦されたのかな。
わからない。時々虚しくなって、全部の自分が溶けて飽和して、どこにいるかわからなくなる。

でも確実に、私は生きている。
こうやって自分の気持ちを文にすることができている。
今はそれだけでいい。
少しずつ前を向けていればいい。

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