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パパ、光る靴を買う。

「光る靴が欲しい」と娘が言ってきたので、ああ、やっぱりうちの子もきたかと思い、返す刀で「いや光る靴はいらないでしょ」と答えた。
もちろん本人はえーっと不満そうにしていたが、駄々をこねたところで父親が首を縦に振るなどあり得ないことを、5歳ながら既に熟知している。

光る靴は自分が子供の頃から存在していて、当時から子どもたちのハートを鷲掴みにしていたが、「あんなキラキラしたもの身につけて恥ずかしくないのかな…」とか「重そうで走りにくそう…」「電池切れたら価値無くなるじゃん…」などと、まるで興味を示さないまま育ってきたので、未だに他所の子どもが履いているのを見かけると同じようなことを考えてしまっていた。

光る必要がなぜあるのか。
毎日走り回り、すぐに汚れてはボロボロになる子どもの靴、あっという間に靴の買い替えが必要となる子どもの足の成長スピード、これらを鑑みても、子どもの靴にまず必要なのは堅牢さと走りやすさ、履きやすさなどの機能性が最優先されるべきだ。また光る靴ならではの派手なデザイン、もちろん子どもらしい可愛らしさというのもわからなくはないが、おもちゃ箱をひっくり返したようなけばけばしさがどうにも好きになれず、その意匠性も疑わしいところだった。

そもそも光る靴を大手シューズメーカーが作っていないことから、これはどちらかというと「靴」というカテゴリーよりも「おもちゃ」のカテゴリーに近いのではないかと、そう感じるようになっていて、結果的にNIKE、adidas、new balance、converse、vans、ミズノ、asicsなどなど、ブランド力にあぐらをかき、ある程度の値段は我慢しても、機能性、デザイン性、安心感を盲信していた。
子どもの履く例えばコンバースやvansなどを見ると、何ともかわいらしい、かっこいいと思うが、おしゃれさやスマートさなどは、子どもにとって魅力にはなり得ず、これに関しては間違いなく親のエゴだと承知の上だが、それでも最後は親が選んだ靴の中からどれがいいと毎回子どもに聞いて購入するという手順を踏んでいた。

とここまで凝り固まった考えを持っているばっかりに、「光る靴はいらない」と子どもの希望をぴしゃりと打ち返し、これで光る靴論争は終わったと思っていたある日の夜、妻が再び光る靴について話を切り出してきた。
どうやら妻は自分よりもはるかに光る靴のトレンドに熟知しており、詳細に調べて有益な情報をいくつも並べては解説をしてくれた。「光る靴を作るメーカーはきちんとしたメーカーも多い」「昔と違って電池はLEDなのでそう簡単に切れないし、小さくて軽い」「デザインもシンプルで派手じゃないものもある」など、光る靴への偏見が何年も前から凝固している私にとってはどれも目から鱗であり、実際に商品を見てみると、たしかにそこにはかつての光る靴とは趣が異なる商品がいくつもあった。

なかでも私が惹かれたのは「スケッチャーズ」が発売している光る靴のシリーズだ。
妻の言う現代の光る靴のメリットは大いに理解し、少しは私の偏見も融解していたが、走りやすさや履きやすさなどの機能性という意味では、やはり大手スポーツメーカーには敵わないだろうという考えは揺るがなかった。
そこに現れたのがスケッチャーズ。
スケッチャーズはあくまで私個人の肌感だが、日本ではちょっと舐められているというか、本来の(アメリカでの)すごさが伝わっておらず、過小評価されているシューズメーカーという認識だ。スポーツが好きな人ならば、このメーカーがスポーツ界にもたらしている功績を十分に理解しているだろう。
野球ではクレイトン・カーショウ、サッカーではハリー・ケイン、バスケではジョエル・エンビードなどなど、いずれも各界のスーパースターがスケッチャーズと契約し、シューズを使用している。
そんなスケッチャーズが子ども用に光る靴をいくつも制作しているのだから、自分の大きな偏見は一気に瓦解することとなった。
まさか光る靴で機能性も兼ね備える靴が存在するとは…

そして最終的には妻が言った「子どもが好きなものを選んであげたい」という言葉がダメ押しとなり、購入する決意をした。

光る靴を履いて楽しそうに走り回る娘を見ていると、自分の頑固で偏ったこれまでの考えを反省しつつ、光る靴の魅力を十二分に感じているのだった。

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