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放射線が及ぼす胎児への影響について おまけで用語解説集も掲載

前回、環境放射線という話をさせていただきました。
私は看護師という立場で解説していますが、放射線技師よりも看護師のほうが患者さまと接する機会が多く、よく放射線のことについて尋ねられます。
特に多いのは、妊婦の方です。

放射線検査を受ける方が妊娠であることがわかっている場合は、当然そのエックス線は避けねばなりません。
もちろん、その検査による有益性が、妊婦や胎児に与える危険性を上回ったときは別ですが……
問題は、放射線検査を受ける方が妊娠に気づかないときです。

妊娠の有無は、検査前に必ず看護師や放射線技師としての義務で聞かねばなりません。
このようなとき(妊娠の可能性があるとき)は、10-day ruleの原則(詳しくは後述の用語解説集を参照)により、検査を控えなければならないのです。

それにも関わらず、たとえば気づかずに胃透視をしてしまったらどうなるでしょうか。
結論から先に申し上げると、妊娠を継続して差し支えありません。
きわめて特殊な場合をのぞいて、胎児に異常が発生する可能性はないと考えてよいでしょう。
今回は、その理由について解説させていただきます。

💫この記事はこんな人が書いています💫

星河七瀬です。
看護師から総務に異動し1年で職員の給料を2~3万円アップ、3年で自身の給料をも10%アップさせたそのノウハウを、誰かのためになればと備忘録としてまとめたいと思っています。
患者さまに安心安全な医療を届けるためには、まず従業員の安全と満足度を高めるべきだろうという考えのもと、病院の職場環境改善や経営戦略、集患・増収対策に務めています。
医療業界のみならず、様々な職場環境が明るくなることを祈っています。

①放射線が及ぼす胎児への影響について

胎児の影響の特徴

胎児が放射線を受けた場合に問題になる影響は、次の5つであるといわれています。

  1. 胎児死亡、すなわち流産

  2. 奇形児の発生

  3. 精神発達の遅延、すなわち知恵遅れの子供の出産

  4. 小児ガンの発生

  5. 出生児の遺伝的影響

放射線被ばくによるこれらの胎児期の影響を考える場合には、次の2点を念頭に入れておく必要があります。

  1.  胎児の被ばく線量

  2.  放射線を受けた胎児の月齢、すなわち妊娠の時期

胎児影響に限らず、放射線の影響は受けた放射線の量が関係するので、上記1は当然です。
上記2は、胎児影響に特徴的なことで、胎児影響には時期特異性、すなわち影響によって感受性の高い時期が異なるという特徴があるからです。

奇形に関しては、最近の研究結果では、器官形成期ばかりでなく着床前期の被ばくでも奇形が発生する可能性が示唆されています。
奇形発生に対して感党性の高い器官形成期は、ここの臓器の原器が形成される時期であります。
放射線を初めとした催奇形性要因に、被ばくした時期に分化が行われる原器の奇形が発生します。
人の個々の臓器の原器の分化の時期はそれぞれ明らかにされており、被爆したじきにより出現する可能性のある奇形は予想がつきます。
ただし、人間で放射線被ばくが原因となり今までに出現している奇形は、小頭症(感受性の局い時期:胎齢2~6週)のみであるといわれています。

胎児の影響と放射線量との関係

胎児の影響のうち、癌と遺伝的影響をのぞいたその他のすべての影響は、放射線被ばくと影響との間にはしきい線量(影響の発生する最小の線量)が存在します。
このしきい線量を越えて被ばくした場合でないと、影響は発生しないといわれています。

胎児期の被爆により、遺伝的な影響が増加するかどうかについても明らかではありません。
いずれにしても、自然発生の癌及び遺伝的な疾患の発生確率に比べて、放射線誘発の確率はきわめて小さい、とされています。

放射線診断と胎児の被ばく線量

放射線被ばくと先天異常について、日本産婦人科学会は次のように述べています。

流産(胎芽・胎児死亡)は着床前期に最も多く、器官形成期の被曝でも起こる。そのしきい値は100mGy以上である。
外表・内臓奇形は器官形成期にのみ起こり、各器官でその細胞増殖が最も盛んな時期の照射に特徴的に発生する。100~200mGyがそのしきい値である。
発育遅延は2週~出生までの時期で認められるが、そのしきい値は動物実験で1000mGy以上照射すると起こることより推測される。
精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。
100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。

東北大学医療技術短期大学部教授
高林 俊文

妊婦が放射線診断を受けた時期により、胎児の線量は異なりますが、およそ100mGy以上の照射で胎児に影響を及ぼすといわれています。
通常の撮影で受けるX線の量は、このしきい線量よりはるかに少ないく、10mGy前後と言われています。

従って現状では、しきい線量の存在する胎児影響は、エックス線診断では発生しないことが明らになっています。
また、しきい線量の存在しないと仮定されている癌及び遺伝的影響も、個々の患者のレベルではまったく心配する必要はありません。

まとめ:胎児の被ばくを避けるために

前述したとおり、放射線診断の際の胎児線量と胎児の影響のしきい線量とを比較すれば、放射線診断のように胎児の影響が発生する可能性はほとんどないことが明らかです。
しかし、すべての医師が妊婦に対して納得の行くような適切な説明が行われるとは限りません。
しかも、妊婦の間では、放射線が想像以上におそれられています。

これらのことを考えると、胎児が有意な量の放射線を被爆する可能性のある下腹部が照射野に入る検査(注腸造影検査、股間節撮影、腹部単純撮影など)の場合は、妊娠している可能性のある時期は放射線診断を避けた方が賢明でしょう。
このため、若い女性に対する放射線診療に対しては、10-day ruleの原則(下記用語解説集を参照)を適用して考えます。

ただ放射線診断に対して慎重でありすぎるあまり、胎児が照射野にはいらない胸部診断や歯科撮影まで妊婦への施行を見あわせる場合もあります。
こういった配慮はまったく必要ないのですが、必要以上に妊婦の不安を煽る必要もないので、われわれ医療従事者は、粛々と懇切丁寧な説明を心がけるばかりです。
看護師って、辛ぇわ!!!

②おまけ:放射線にまつわる用語解説集

【放射線と放射能】

放射線とは空気を電離させる、すなわち、空気中の原子をプラスイオンとマイナスイオンに分けるエネルギーをもった電磁波のことです。
また放射能とは、放射性物質が持つ、放射線を出す能力のことです。
特に、この性質をもった原子(元素)を放射性核種といいます。

【被ばく】

放射線を浴びること。
線源(放射線を出しているもの)から離れるほど(2倍離れると線量は1/4となる[距離の逆2乗の法則])少なくなります。
ちなみに、報道などでこの表記の「ばく(曝)」がひらがななのは、この字が常用漢字ではないからです。
また「被爆」とは、爆撃を受けることを意味しますので、被曝とは意味が異なります。

【mSv (ミリシーベルト)】

人体に対する放射線被ばく線量の単位。0.001Sv =1mSv =1000μSv

【mGy (ミリグレイ)】

物質に対する放射線吸収量の単位。X線・γ線の場合はmSv=mGy

【X線の発生】

一般にX線を発生させるには、電子を光速に近いスピードで物質に当てることにより発生させます。
病院で使うX線は、電圧を100kV近くまで上げて電子を真空中で加速させ、タングステンという金属に当てることで発生します。
この原理はテレビのブラウン管も同じなので、昔はテレビからも微量ながらX線が出ていました。
テレビを遠くから見なさいと言う意味は、視力が落ちるというだけでなく被ばくを防ぐという意味もあったんです。
もちろん、現代のテレビは液晶を使っており、テレビから放射線が発生するということは一切ありませんからご安心ください。

【放射性同位元素】

原子番号が同じで、質量数の異なるものを同位元素といいます。
天然に存在する元素は、原子番号1番の水素に始まり、9 2番のウランまであります(43番と61番を除く)。
すべての物質はこれらの組み合わせでできていますが、例えば、同じ水素でも質量数により3種類に分けられたりしますね。
(水素、重水素、三重水素)
ヨウ素も同じく、放射性と非放射性の同位元素が存在します。
このように、天然に存在する元素は2種以上の同位体の混合物であることが多く、そういった中に放射性核種(元素)も存在します(58種。人工放射性同位元素は約1,500種)。

【エネルギー】

エックス線やガンマ線は、光と同じく波の性質があります。
この波と波の間隔が長いほど(長波長)その波の持つエネルギーは弱く、短いほどエネルギーは強い、ということになります。
エックス線の場合、電圧をあげることによりそのエネルギーを高くすることができます。

【体内動態】

体内に摂取されたものは、その呼吸の仕方や排泄方法により、また体内に貯蔵されたり蓄積されたりして体内に存在する時間は異なります。
このように、人体の生理学的、あるいは化学的な物質の動きを体内動態といいます。

【胸部高圧撮影】

胸部撮影には、従来70~80kv (キロボルト:70,000~80,000v)前後の管電圧(エックス線を発生させるための条件の一つ、エックス線管球に加える電圧)を使用していました。
これに対し、110~140kv程度のものを高圧撮影と呼びます。
この方法の利点はいくつかありますが、特に患者の被ばくの減少が最大の利点であると言えます。
ただし110k v以上の撮影には、装置自身が1000分の1秒の時間制御が可能でなければなりません。
そのためにインバーター(周波数変換装置)方式を採用しています。

【10-day rule:10日原則】

ICRP(国際放射線防護委員会)が示す考え方。
胎児の放射線被ばくを避けるための放射線防護上の規則として、妊娠する可能性のある女性の腹部のエックス線診断を行なうときは、受胎のおそれのない月経開始後10日以内に行なうことをいいます。

【小頭症】

年齢別標準頭囲の平均値から、標準偏差の2倍以上小さい場合をいいます。
脳の発育障害の結果、頭蓋は小さいが頭蓋骨が厚く副鼻腔、まれに前頭洞が通常大きいという特徴があります。
頭蓋内圧充進症状はありません。

③おまけ:医療に関係する放射線

次の放射線が医療に関係しています。

【X(エックス)線】

主として人工的に発生させた高エネルギーの電磁波(光子)をさします。
撮影用として使用されているのは、150keV(1キロ電子ボルト、すなわち1000電子ボルト)程度までの、比較的エネルギーの低いX線です。
治療用には、数MeV(1メガ電子ボルト)~十数MeVの高エネルギーX線が使用されています。

【γ(ガンマ)線】

主として放射性同位元素からの高エネルギー電磁波(光子)をさします。
癌治療に体外から当てる場合と、γ線を出す放射性同位元素を体内投与して、診断や治療に用いる場合があります。

【β-(ベータマイナス)線】

放射性同位元素からの、電子の高速の流れをさします。
γ線を出す放射性核種を体内投与するとき、不必要な有害放射線とし問題にされることが多いです。
癌治療の一部や甲状腺機能充進症など、特殊な場合に有効利用されています。

【α(アルファ)線】

放射性同位元素からの高エネルギーのヘリウム原子核の流れをいいます。
医療では毒性が高いので基本的に忌避されています。
しかしγ線を放出する核種のなかにα線を伴うものがあり、α線を遮蔽して使用しています。
また脳腫瘍に対し、中性子線を照射されるとα線を放出するようになる物質を体内投与したあと、原子炉からの中性子を照射する治療が試験的に行われたことがあります。

【β+(ベータプラス)線】

放射性同位元素からの陽電子の高速の流れをいいます。
これから二次的に出てくるγ線が、ポジトロンC Tという特殊な断層撮影に使用されています。

【電子線】

人工的に作られた電子の高速の流れを、β-線と区別して電子線と呼んで
います。
これは癌治療に用いられます。

【中性子線】

中性子の高速の流れ(速中性子線)を、試験的に癌治療に用います。

【陽子線】

陽子(水素原子の原子核)の高速の流れで、試験的に癌治療に用いられます。

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