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夜の製菓コーナーで見かけた、無敵の二人

先日、夜中の閉店間際のスーパーで見かけた男女が可愛かった。
部屋着っていうかパジャマっていうか、な服装に、女の子のほうはあきらかに化粧落としたてなすっぴん顔。茶金に染めたロングヘアをクリップでひっつめて、ほぼ消失してる眉が若々しい。
二人は製菓コーナーにいて、ホットケーキミックスやらチョコペンなどを手にとって吟味しているようだった。
このスーパーのお菓子つくりコーナーはお茶、コーヒー、ココアなどの飲料コーナーと隣接しているため人通りは少ない。
夜中のスーパーは半額惣菜に老いも若きもみんなつめかけているから、おや、意外と最初は思った。
「ねえ、パイシート買ってさ、パイとか焼いちゃおうか?」
突如、女の子が楽しそうに男の子のほうに振り返った。
そのはずんだ調子に、二人の日常が垣間見えた。
このスーパーは専門学校生や大学生の御用達、恐らくこの二人も学生で実家を出てきたばかり。
ときは6月、自炊にも少々慣れてきたあたりかもしれない。二人は夜中に多分、小腹が減ったので、いつものようにスーパーに行こうとして、
いや待って、お菓子自分ちで作ってみない?
と思い立ち、製菓コーナーに立ち寄ったのだ。
そこで、慣れているのといえばホットケーキミックス。これなら作ったことある。失敗はないだろう。だけどもねー、せっかくわざわざスーパーまで来たのだから、何かもっと素敵なもの。
「ねえ、パイシート買ってさ、パイとか焼いちゃおうか?」
二人の家にオーブンレンジはあるのだろうか。オーブン機能があったとして、使ったことはあるのだろうか。
レンチンではパイは作れない。
いやいや、トースターがあるならトースターでパイは焼けないこともない。ただ、火加減が難しい。
でも、きっと楽しいだろう。
パイシートは冷凍コーナーにある。
それを探して、わあ冷たい、早く帰ろうなどと言いながら他にチョコとか買って帰って、
パイシートは解凍しないと使えないという文言にマジカヨとなりながらもレシピを調べたり、いや調べずに作っても楽しいだろう。
照りを出すための卵黄がなくたって、
卵黄を塗る刷毛がないだのと騒いだって、
結局フライパンで焼いてカリッカリになっちゃったって、
中に挟む具がこぼれちゃったって、
最終的にポッキー食べるはめになっちゃったって、
絶対楽しいはずだろう。
このウキウキソワソワの二人は、私には無敵に見えた。夜中にスーパー来て、パイシート買ってパイ作っちゃおうか?なんて二人でいいあえる青春。
いいなあ、私達にもそういう時期があったんだよなと思いながら、買い物メモ通りに牛乳を2本、朝パン、とカゴに放り込んで、ボヤーと帰宅したら、夫がマイクラをしながらおかえりといってくれた。
仕上げ磨きは終わったよーと子供が報告に来るので、少しだけみんなでゲーム画面を見ながらダラダラする。
私達にもああいう時期があったんだよな、と思っているうちに子供は布団に入り、おやすみを一応いう。

スーパーで見かけた無敵な二人は、夜更けの夫婦の話のタネになり、肴になり、アイスカフェオレがぐいぐい進んだ。
私たちはもう、アイスコーヒーだって気軽に作れる、豚の角煮も作れる、肉じゃがもハンバーグもポテサラも。
だけど、スーパーでみた無敵の二人のような瞬間は、もう経験できないのかもしれない。
と、二人で盛り上がっているうちにまた別の考えもわいてきた。
若さ、青春が渦中にいるとわからなかったように、今、育児の渦中にいて、若いっていいねーなんて言っている我々も、このカフェオレもまた、青春だったな、と思える日がいずれ来るのかもしれない。
私達は、いつでも無敵を繰り返せるのかもしれない。それなら、歳を重ねるってのもそれなりにお得だな。

生き続けて、年齢を重ねていくのも、そんなに悪くないかもな、と思った、6月の出来事でした。

#エッセイ部門

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