健常者と障害者の境目
もし、明日あなたの目が見えなくなったら?
あなたはどうするだろうか?
健常者も一生健常者の保証はない。
明日、目が見えなくなったら障害者になる。
24時間テレビで健常者から障害者になった盲目の学校の先生が出ていた事がある。
とにかく健常者から障害者になった人間の葛藤は凄まじい。
物凄く荒れ狂う。
でも健常者から健常者になった自分自身を受け入れないといけない。
受け入れる事が出来ない人間は自殺する事もある。
人間はそこまで強くないので。
24時間テレビは様々な批判がある。「ギャラがある」だの「感動ポルノ」だの。しかし健常者も障害者になるかも知れないというテーマも入れている。批判をする前に番組をじっくり見た方が良い。
健常者は一生健常者と思い込んで24時間テレビを見るから過ちを犯す。
人間は動物と違う。人の気持ちになって考える事が出来る力を持っている。
動物は障害者を残酷だが、ぶっ殺すしか考えていない。
ちなみに動物の世界にも障害者は産まれる。
人間は交通事故に遭い足が動かなくなり車いす生活になるかも知れない。
植松聖は自分自身が、もし明日目が見えなくなったら?みたいな想像力はなかったのだろうか?
人間は障害者と共存して生きている。
人間は優しい部分を持っている。確かに兇暴で残酷な部分も持っているが、物凄く優しい部分も持っている。
俺は健常者と障害者は隣りあわせの部分を持っていると思う。
人間と動物はやはり性質が違うと思う。確かに人間も動物だが、人間は特殊な動物と思う。
カラスも白いカラスが産まれるが、カラスは白いカラスを見つけたら殺す。
トラも同じ事をする。
動物は残酷だ。
もし動物のトラやカラスが話せて
「なぜ障害者を殺すの?」
と聞いたら何と答えるだろうか?
彼ら動物は障害者の気持ちなんて考えない。考える事もない。
確かに人間も考えない人もいるが動物のような感覚ではないと思う。
植松聖も、自分自身が一生健常者と思い込んでいたかもしれない。
人間は人間の優しさで生きている。
人間の世界にはスマホがありコンビニがありスーパーがあり芸術があり車があり洋服を着て生きている。
しかし動物の世界には全て存在しない。頭の良いと言われているイルカも全て存在しない。
これは人間しか出来ない。
人間は誰かの役に立ちたいと思うからなせる業だと思う。
そして相手の気持ちになって考える事も出来る。
植松聖も「明日、自分自身も障害者になるかも知れない」と言う想像力を持ってほしかった。
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