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書く習慣Day5「昔はどんな子どもだったのか」


社会人になってかなり経った今も正直子どもみたいなところがあるためなんとも言えないが、大人びた、冷静な子どもだったと思う。
大人に憧れる子ども、といったところか。

今と変わらない、アダルトチルドレンな部分はそのままな気がする。


一つ、今でも変な子だと思うエピソードがある。

昔からあまり人の心を考えることができなかった部分がある。
思いやりが欠けているというか。

そんな性格だったからか、自分以外の人間は「全て等しくロボットだ」と思っていた時期がある。
泣こうが笑おうが「そういう風にプログラムされている」とでも思っていたんだと思う。

そんなわけあるはずがないと分かっていたからか、誰にも言わずに過ごしていた。
たった一人の友達だけにそのことを話したら「なにそれおもろ」といった反応をされた。
変な考えという自覚はあったのか、他の誰かに話すことはなかったと思う。

自分が感情的になることがあって泣くも笑うも怒るもあれど、人が泣いているとして、なんで泣いているのかわからなかった。

いまだに人の感情は掴めない。
だからかわからないが、映画やお芝居などで感情を揺さぶられ、泣いてしまうことは増えた。
本心よりも、お芝居の方が感情がわかる。
本心なんて隠したがるものだが。

人の本心に触れることがない辺り、触れられるような関係性の人がいない証拠ともいえる。
本心に触れる関係になるってどういうものだろうね。

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