詩織さんが産婦人科を訪れたのは朝or昼?:「Black Box」の時間のマジック

前回に関連した話を。
「Black Box」にはいろいろな細工が仕掛けてあります。
特に日時に関するトリックは実に巧みです。

詩織さんは事件当日の4月4日の土曜日に産婦人科を受診し、アフターピルを処方してもらいました。
果たして何時だったのでしょうか。具体的な時間が「Black Box」には書いてありません。
のみならず、朝だったのか午後だったのか、それさえもはっきりしません。

P59 レイプがあったと詩織さんが言う4月4日の朝。
『七時か八時頃、突然携帯電話が鳴った。慌てて応答すると、それは山口氏からだった。』
山口さんからの忘れ物の確認の電話に普通に応対した詩織さん。

P60
『そんな時、妹から連絡が来た。
 その日は土曜日で、妹から当時人気のカフェに連れて行って欲しいと頼まれていたのだ。今電車に乗ったという連絡だった。』

P61-62
『妹が来るまでに病院へ行こうと思った。妊娠の可能性が気になって、とにかくモーニングアフターピルをもらいたかったのだ。
 まだ時間が早かったので、病院が開くまで少し休もうと思ったが、その後はまったく眠ることができなかった。
 気付けば、また放心状態になっていた。そうしているうちに、何も知らない妹が到着してしまった。(中略)
 妹に、どこか近所の店で洋服でも見ていて、と声を掛け、一番近くにある産婦人科へ出かけた。そこは、結婚前に診察を受けるブライダルチェックをメインにした小綺麗な病院だった。受付を訪ねたところ、予約がないと診察できない、という返事だった。
 とにかく緊急なので、モーニングアフターピルだけでも処方して下さい、と必死で頼み、何とか診察室に入ることができた。
 対応してくれたのは、四十歳前後のショートカットの女医さんだった。
「いつ失敗されちゃったの?」
 そう淡々と言い放ち、パソコンの画面から顔も上げずに処方箋を打ち込む姿は、取りつく島もなかった。私の精神状態のせいもあったのかもしれない。しかし、もしもあの時、目を合わせて、
「どうしましたか?」
 と一言聞いてもらえたら、その後の展開はまったく違っていたのではないか。そう思ってしまうのは、私の甘えだろうか。
 緊急で次の朝までにもらうピルが、モーニングアフターピルだ。だからこそ、この段階で被害を表面化できるチャンスはある。簡単な質問でいい、ここで救われる人がいることを考えてチェックシートを作り、モーニングアフターピルを処方する際に書き込んでもらうようにしたらどうだろうか。婦人科にもレイプキット、つまりレイプ事件に必要な検査が受けられる証拠採取の道具一式が用意してあったら、早い段階で対応ができるだろう。』

P64-65
『外で飲んで、と言われて診察室で受け取ったモーニングアフターピルを服用し、妹が行きたがっていたおしゃれなハワイアンのカフェに彼女を連れていった。それから、「お姉ちゃん疲れたから、ちょっと家で休んでいい?」と頼んで部屋へ戻ると、妹が傍にいてくれたせいか、あるいはピルのせいなのかはわからないが、思ったよりも長く眠り込んでしまった。』

ここで質問です。詩織さんが産婦人科に行ったのは何時ごろでしょう?
『妹に、どこか近所の店で洋服でも見ていて』と言ったくらいですから、早朝ではないですよね。
『まだ時間が早かったので、病院が開くまで少し休もうと思った』『そうしているうちに、何も知らない妹が到着してしまった』とあるから、朝の開院の時間を逃してしまったと普通の読者なら受け取ってしまいますよね。

正解を披露する前に、次の文章を読んでいただきたい。

比較検討 (伊藤詩織さん)陳述書
tass
2021/06/07 20:21
https://note.com/tass/n/nd726f4aa5414
『2 この日は土曜日で、午後から妹とカフェに行く約束をしていました。気づいたら妹から携帯に連絡がきて、病院がすでに開いている時間した。
 妹は、お昼頃、私の自宅に到着しました。私は、とにかく望まない妊娠だけはしたくないという不安感でいっぱいになり、ピルをもらって飲まなければならない、という思いが先立っていました。
 妹には被害のことを知られたくなかったので、近所の店で洋服を見にいってもらい、その間に、最寄の「イーク表参道」という産婦人科に行きました。予約がないので診察できないと断られましたが緊急であることを伝えて、モーニングアフターピルの処方だけは受けました(甲4)。』

妹さんが到着したのは『お昼頃』とのことです。この後、詩織さんは病院に行きます。
ならば、詩織さんが産婦人科を訪れたのは午後でしょうか?
いずれにしても、病院がオープンしてから受診したみたいです。

ちなみに、「Black Box」では、妹さんから電車に乗ったという連絡を受けた時は、まだ病院が開いていない時間でした。が、陳述書では『病院がすでに開いている時間』になっています。

     *     *     *

正解をお知らせするのはまだです。
今度は詩織さんが執筆あそばされた文章を引用させていただきます。

『性暴力救援マニュアル』 オンラインシンポジウム開催にあたり特別公開!
新興医学出版社
2020/10/21
https://note.com/shinkohigaku/n/nf404310bee87
『医療者に伝えたいこと  
伊藤詩織(ジャーナリスト)
(中略)
幸いにも自宅から歩いて行ける婦人科をみつけ,オープン間近に駆け込んだ。「予約がないと受けられません」そう言われてしまい,緊急でピルがほしいのだと伝えると,待てば診察の合間に入れてくれると言ってくれた。それは救いだったが,小綺麗でモダンな待合室で,ブライダルチェックアップをやっているような婦人科の待合室で待つことが辛かった。自分が汚く,この場に相応しくないと感じた。診察の合間に処方を出してくれた先生は,時間がなかったのだろう。診察室に入った私の顔も見ずに「いつ失敗されちゃったの?」と聞いた。私は頭の中で先生には事情を説明するべきか,説明できるかなと考えていたところだった。けれども,合意があった性行為での避妊の失敗を前提にされてしまい,質問には「明け方ごろです」と答えることしかできなかったのだ。そしてそのまま薬を渡され,外で飲むようにと指示された。それが唯一取れたコミュニケーションだった。』

なるほど、産婦人科には『オープン間近に駆け込んだ』とのことです。ふむふむ。しかし、陳述書の記述からは朝の開院からかなり経ってから受診したとしか読めないのですが?

     *     *     *

正解はこの時間です。

山口さん側の反訴状では・・・。

lisanhaのPansee Sauvage
2020-09-03
反訴状前半
https://lisanha1234.hatenablog.com/entry/2020/09/03/194425
『① 4月4日午後2時5分頃、反訴被告(原告)は、「イーク表参道」(婦人科)にて、緊急避妊ピル(ノルレボ2錠)を内服した(乙7、甲4、甲5等)。』

午後2時ということですね。
昼頃に到着した妹さんにはどこかの店で服を見ているように指示して、詩織さんは産婦人科を訪ねた・・・って! 2015年の4月4日は土曜日ですけど。土曜の午後はたいていの病院は休診では?

詩織さんがアフターピルを処方してもらった産婦人科の現在の診療時間はこうなっています。

『イーク表参道
(中略)
診療時間 平日 8:00~18:00
     土曜 8:00~13:00』

土曜の診療時間は午前8時から午後1時(13:00)ということです。

     *     *     *

産婦人科に『オープン間近に駆け込んだ』のなら午前8時でなければなりません。
しかし、反訴状ではアフターピルを処方された時間が午後2時となっています。
時間に開きがありすぎます。
6時間ものあいだ病院の待合室で自分の番が来るのを待っていた、ということでもないでしょう。妹さんが到着したというのは詩織さんの住居でしょうから。

時間の謎は、どう解いたらいいのでしょうか?

一つの可能性としては次のようなものが考えられます。
詩織さんは午前8時に産婦人科に行った。そして予約を取ることに成功した。当日の予約だから後回しにされた。いったん自宅に戻り、妹の到着を待ちながら、予約の消化ぐあいを時々電話で病院に確認した。自分の番が近づいているのが分かったので、妹をウィンドウショッピングに行かせて、自分は再度病院に足を運んだ。それが午後2時ごろだった・・・。

この産婦人科は土曜は午後1時で診療が終わります。が、患者を時間内で捌けなかったから2時まで食い込んだのでしょう。
私も似たような経験があります。午前の枠で予約したのに、診察を受けたのは午後になってしまいました。

     *     *     *

ちなみに、最初の記者会見直後に出演したラジオ番組では詩織さんはこんなことを。

19:30〜
『まだとても朝が早い段階だったので。で、土曜日だったんですね。病院が開くまで待ちました。』
『ただ、婦人科に行きますとやはり婦人科っていうものはですね予約制になっているので、あの、予約がいっぱいなので無理ですって言われたんですね。いちばん家の近くの婦人科に行ったんですけれども。そこで、緊急なことなのでお願いしますと頼み込んで先生にお会いしたんですけども、やはり、そういったタイムスケジュールのなかで行なわれた診察だったので、やはり、診察室に入るなり、何時に失敗されちゃったのっていうところでもうお薬はじゃあ外で飲んでくださいっていう感じだったんですね。だから、本当にあそこで話そうと思ってどうしたらいいかっていう助けを求めたくて、あの椅子に座ったのに・・・』

単に予約がなかったから受付で断られたのではなく『予約がいっぱいなので無理』と言われたのです。
この二つは同じではありません。
『予約がいっぱいなので』ということは、「キャンセルが出たら」あるいは「予定より早く終わって空きが出たら」診察できるということです。

     *     *     *

いくら予約が詰まっていても、「今朝、レイプされたんです!」と訴えていたら、予約などすっ飛ばして最優先で診察してもらえたことでしょう。そして、警察に相談するよう助言を得られたかもしれません。
が、詩織さんはそんなことは言いませんでした。レイプなどありませんでしたから。

その後、詩織さんは粘ったのか泣きついたのかゴリ押ししたのかは分かりませんが、診察の約束は取り付けたのでしょう。でないと、診察時間が午後2時になったことの説明がつきません。

推測ですが、コンドームが破れたという言い訳は、最初に訪れた午前8時ごろに受付に告げたのでは? 
「避妊に失敗しただけなんです。お手間はとらせません。アフターピルが欲しいだけなんです」と訴えたのでは?
医師は、コンドームが破れたという報告を予め受付から聞かされていたから、「何時に失敗されちゃったの?」という質問を診察室に入ってきた詩織さんに投げかけたのでは?
このように考えれば、辻褄が合います。

     *     *     *

「Black Box」では、
『とにかく緊急なので、モーニングアフターピルだけでも処方して下さい、と必死で頼み、何とか診察室に入ることができた』
と切迫した状況を描写しています。

読者は自然と次のような情景を思い浮かべることでしょう。レイプされたことによる混乱、望まぬ妊娠の恐怖、一刻も早く産婦人科に行かなければならないという焦り、受付で診察を断られたことによる絶望感、医師の冷淡な態度・・・。たたみかけるような逆境に翻弄され、詩織さんはレイプ被害について目の前の医師に訴えることができなかった・・・。

劇的な場面が順序よく並んでいるため、読者はたやすく詩織さんに感情移入してしまいます。
飛び込みにも関わらずたいして待たされもせずに診察室に入れたのはおかしい、などとは決して思いません。
詩織さんが置かれたドラマチックな状況設定にだけ意識が奪われて、出来事を時間軸の中に整理して考えることを忘れてしまうのです。
しかし私の想像では、詩織さんには時間的余裕がたっぷりあったことになります。

ちなみにこの日は、昼は妹さんとカフェに行き、夜は友人たちと花見に興じました。

     *     *     *

産婦人科に行った時間なんぞは小細工を弄せずに素直に書けばいいのに、と思います。
あるいは、いっそのこと書かないという選択肢もありました。

しかし、書いてしまいました。
不運に翻弄されるヒロインを演出したかったのでしょうか。あるいは、レイプ被害者であることを印象づけるエピソードが欲しかったのでしょうか。

結果、時間のトリックを駆使してしまったために不自然になってしまいました。

しかも不幸なことに、詩織さんは「Black Box」と違う内容をあちこちで喋るような人でした。
彼女は自分がやっていることの意味がよく分かっていないのかもしれません。

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それにしても詩織さんの発言内容は媒体によって激変します。
この事件の分かりにくさは詩織さん側が事実を隠したり曖昧にしているところにあります。

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