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フィクションの中の革命・映画『ラストマイル』についての複雑な感想

『ラストマイル』についてのネタバレを含みます。というかこういうことをいちいち断る必要は本来ないと思う。このタイトルでネタバレがないわけないだろう。
最初に書いておくと、映画『ラストマイル』は志の高いエンタメ作品として日本映画の中でかなり高い水準の位置にあるとは思う。『アンナチュラル』『MIU404』いずれも劇場映画にすれば確実に興収数十億円レベル、もしかすればそれ以上も狙える人気ドラマシリーズを『シェアードユニバース』という形である意味では踏台にして、物流業界の労働賃金問題というあまり大衆ウケしないテーマを大作劇場映画にするというのは「利益より理念」を取ったともいえ、高く評価すべきところだと思う。
今回の物語のための新キャストも素晴らしかった。脚本・野木亜紀子氏から当て書きキャストとして指名を受けた満島ひかりもよかったけど、映画を通じて圧巻だったのは岡田将生であった。何がすごいかというと岡田将生の役というのは(ネタバレになるが)別に観客にインパクトを与える物語のヒーローや大ヴィランではなく、いわばストーリーの展開を受けてリアクションする普通の人でしかないところである。将棋でいえば歩だ。ところが映画を見た人はわかると思うが、ほとんど岡田将生主演映画みたいに不気味な輝きをみせている。繰り返していうが岡田将生が演じる梨本という巨大通販会社の配送センター社員は最後までただの社員である。事件の黒幕でもなければ犯人でもない。にも関わらず、明らかに脚本が「この女性は何か謎があります、果たして何者でしょうか」とチラつかせる満島ひかり演じる主人公以上に、岡田将生が演じる普通の社員梨本が不気味なのである。
これは脚本の意図を超えた映画のミラクル、キャスティングのホームランみたいなもので、岡田将生という非凡な人物ばかり演じる俳優を「普通」の社員の位置に置くことで、我々の日常によくなじんだ通販大手配送センターという存在が悪魔的で哲学的な深みをもった魔城のように見えるわけだ。
これは「こんなセリフを言ったから」とか「こんなアクションの演技をしたから」というより、もはや役者そのものが宿命的に持っている素材としての輝きみたいなものだと思う。岡田将生が不機嫌そうに眉を顰めて満島ひかりにセンター内を案内するだけで、まるでファウストを導くメフィストフェレスみたいな空気が映画の中に漂ってしまうのである。岡田将生をディーンフジオカが演じる日本支社長の位置に置いてヴィランを作るのではなく、ただのセンター社員に置いて「社内のあらゆるところに偏在する悪と論理」の匂いを作ったキャスティングは大当たりだと思う。
では『ラストマイル』という映画に大満足だったのかというとそうではなく、正直いえば鑑賞後の感想は「作品としての達成は認めつつ微妙」みたいな感じであった。何が微妙であったのか。(ネタバレ)

それは端的に言ってしまえば、「満島ひかりを犯人にする結末を無理やり避けたようにしか見えない」という点だと思う。ストーリーを乱暴に説明すれば、配送センターの過酷なノルマで追い込まれて自殺未遂をして植物人間になった社員がいる、その社員の恋人が復讐のために配送センターの荷物に爆弾をしかけて企業への復讐をもくろむという内容である。
映画は途中まで、「この自殺未遂した社員の恋人が満島ひかりかもよ」と仄めかし続け、「本来センターに来るはずだった男性ではなくこの女が来て、しかもデータがない」というような描写を続ける。しかし結局のところ満島ひかりは犯人ではなく、映画の中盤をすぎて本当の犯人である社員の恋人が登場し、彼女は爆弾で最初に自死していたことがわかる。

そういうストーリーにしてはいけない理由は何もない。誰が犯人であるかを決める自由は作り手にある。しかし観客の率直な印象として真犯人が明かされた時に「犯人を決めつけていた自分の先入観・価値観を覆された」とか「真犯人によろって世界の見方が変わるような事件の全貌が明かされた」という印象はあまりなく、身も蓋もないことをいえば「満島ひかりを無差別テロの犯人役にしないためにむりやり作りあげたみたいな真犯人だな」と思ってしまったのも事実である。実際、最も重要な人物であるはずの真犯人についての描写はびっくりするほど少ない。彼女が何を考えていたのかはほとんど映画の中で描かれず、その死が明かされる。パンフレットの中で野木亜紀子氏が「巨悪はいない、私たち全員に少しずつ罪がある」と語るう通り、大衆を狙った無差別テロなのには「経営者だけではなくお前ら消費者も同罪だ」というメッセージがあるはずなのだが、映画の中でそれは明示的に語られない、というか明らかに避けている。

売り切れで入手困難になっているパンフレットの中で、エレナが犯人ではないかと中盤まで観客に思わせる展開にした理由を野木亜紀子氏がインタビューに答えている。
「テレビドラマでは、主人公が悪い奴ではダメなんです。日本のお茶の間は好感度が大事ですから(中略)そこは映画の持つ自由だと思います」
それと前後して、サスペンスものでは男性が主人公のことがほとんどなので、女性を主人公にしたかった、という意味のことを語っている。
つまり満島ひかり演じるエレナに、「テロに立ち向かう女性主人公」と「社会を破壊する女性ヴィラン像」を行ったり来たりさせているのだけど、それが最終的に作品の完成度を高めているかというとそうではなく、たいていの観客はエレナがどこまで知っていて何を考えていたのか把握しそこねて終わると思う。

『ラストマイル』という作品には、「産業構造の中で踏みつけられた弱者がテロリズムで復讐する」という、70年代新左翼からずっとある暴力革命的なモチーフと、「社会進出した女性が高い能力で組織の中きら社会を変えて行く」という体制内変革のストーリーが並列で走っている。満島ひかり演じるエレナを後者のように見せて前者、と見せてやはり後者、という脚本なのは分かるのだけど、そのひねりまくった構成が観客のエモーションを置き去りにしていないかは疑問である。まあ「ネットの考察を読んで何度も見てください」とか「結末を知ってから見るとまた違って見えます」という仕掛けなのはわかるけど、それには最初の一回でそうしたいと思わせる一本筋の通ったメインストーリーを見せておく必要があったと思う。満島ひかり演じるエレナにあまりにも書き手が多くの要素を込めすぎて、一見の映画観客のヒューマンリアリティと乖離してしまった印象だ。

(ネタバレになるが)たぶんそのメインストーリーは、クライマックスで満島ひかり演じるエレナが主導する「運送会社三社が団結して外資通販に立ち向かうストライキ」のシーンだったのだろうと思う。

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