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『新聞記者』と『エルピス』はどこがどう違うのかという話

まず、文春オンラインで『エルピス』について書いた記事が公開されました。こちらになります。

この記事が出た後、昨夜放送された『エルピス』第6話の視聴率は5.5%。苦戦していると思います。視聴率がすべてではないのはもちろんですが、脚本の渡辺あやさんや佐野亜裕美プロデューサーが「視聴率なんか気にしてません」というスタンスなのかと言うと違うと思う。記事でも書きましたが、「数字を取りたい、多くの人に見てほしい」「民放地上波テレビという場で発言権を得るには数字を取るしかない」と思いながら作っているはずです。コンフィデンスマン以降、頼まれてもテレビドラマに出ていなかった長澤まさみの起用も、公式アカウントでの「長澤まさみ主演・エルピス」という看板の掲げ方も、勝負をかけている意気込みを感じます。

ではなぜ、内容が良いのに数字が伸びないのか。これは文春オンラインの記事ではあまりにも身も蓋もないので書くのを自粛したことですが、

「エルピスってアレでしょ?要するに『新聞記者』みたいな感じの、ああいうクオリティのアレなわけでしょ?」

という先入観が作品との出会いを妨げているのではないかと思います。もう時も経ったので言ってしまいますが、『新聞記者』は理念や意気込みはともかく、作品としては駄作でした。内閣情報室員たちが国家施設のパソコンをカタカタ打ち込んでいちいち世論操作しているという、小学生のような権力観。韓国の名女優シム•ウンギョンをわざわざ呼んでおいて、読むだけで精一杯のカタコトの日本語を映画全編通してしゃべらせるという意味不明の演出。「加計学園獣医学部新設だけじゃ弱いから、生物兵器開発してたことにしとくか」という、「そこで話を盛っちゃったらすべての信頼性が崩壊するよね?」というセンスの悪い脚本。『空母いぶき』『FUKUSHIMA 50』そして『新聞記者』と、政治的に結構きわどい作品に次々と出演しつつ、「さては自分のセリフのとこしか台本読んでないだろ」と左右の政治勢力からスルーされる本田翼。さすがは母親から「あんたブラブラしてないで大学受験するか自衛隊入るか働くか決めな!」と言われて「ちぇっ、芸能界でも入るか」とトップタレントになった女です。なんの話だっけ?そうエルピス。要するにこの『新聞記者』という政権批判で先行した作品の、非常になんといいますか竹を割ったようなクオリティが、『エルピス』に対して先入観を持つ人々を作り出してしまっているのではないかと思う。

しかし、『エルピス』は『新聞記者』とはまったくクオリティのちがうドラマです。よせばいいのに日本アカデミー賞を受賞した『新聞記者』の記憶が大衆に深く刻まれ、「ああいうのはもういいや…」と『エルピス』を敬遠することになっているとしたら双方とって不幸なことです。どう考えてもあの年は『蜜蜂と遠雷』に主演した松岡茉優さんが最優秀主演女優賞のはずだったとは思いますが。

善人と悪人があからさまに分かれていない

これは『エルピス』の脚本の重要な点だと思います。長澤まさみ演じる主人公にパワハラセクハラの限りを尽くすバラエティの上司が、物語が進むにつれて別の側面を見せる。文春オンラインの記事でも書いたのですが脚本の渡辺あや氏はいわゆるPC的に表現の毛並みを揃えることに明確に反対の立場を示していて、悪人なおもて善をなし、善人なおもて悪をなすということを描いています。『新聞記者』は登場した瞬間に善玉か悪玉か一目瞭然という水戸黄門のようにストレートなポリティカルフィクションでした。たまに「おっ、この人は悪役かな?」と思うと特別出演の前川喜平さんだったみたいなことは『エルピス』ではないのです。

権力、社会組織の描き方がリアルで重層的

これも『エルピス』の優れた点だと思います。僕らは往々にして、「テレビ局は視聴率至上主義、バラエティが大きな顔をして、報道は貧しくとも正義を追求する」みたいなイメージを持ちがちですが、『エルピス』は日本のテレビ局の中では報道がバラエティより権力を持っていてバラエティは歯向かえない、説明はできないけどパワーバランスとしてそうなんだ、という説明があるんですね。
あんまり詳しく説明するとフジテレビ報道局からねじ込まれるから避けてるんだと思いますが、要するに「報道」というのは実はテレビ局の権力の源泉なわけですよ。巨大企業は自分たちの良いニュースを報道してもらうためだけではなく、悪いニュースを手加減してもらうためにテレビCMを打つわけですね。そして鈴木亮平演じる記者が象徴するように、政治部報道は政治家とほとんど一体になっていく。
報道部=社会正義みたいな描き方をしていないし、もちろんその逆に悪魔化もしていない。


『エルピス』は渡辺あやさんのインタビューで具体的な政治家の名前をあげたことで、「野党支持者が見るドラマ」と先入観を持たれてしまったかもしれないけど、与党支持の人が見ても普通に面白いと思う。組織の中で働く、現実のリアリティがあるので。

ここからは今月色々あって書けていなかった月額マガジン部分。SNSで、渡辺あや、宮藤官九郎、野木亜紀子という名脚本家たちが称賛される、それはもちろん正当で良いことなのですが、なんというかそれが「物語から切り取られた正しさの消費」になっていないかという話。

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絵やイラスト、身の回りのプライベートなこと、それからむやみにネットで拡散したくない作品への苦言なども個々に書きたいと思います。

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