【短編小説】もうすぐ電池がなくなります 残量が15%です【前編】


 実にわかりやすい。私はそういう人が羨ましくも妬ましく、そんなことを思ってしまう自分が嫌いでしょうがなかった。

私は感情を表にだすのが苦手だと、周りにはそう思われている。 ひとつ訂正させて欲しい。感情を表に出すのが苦手なのではなく、私にとって感情を表に出すほどのことが起きていないだけなのだ。当然そんなことを周りには言えるわけなく、皆がいう落ち着いているだとか物静か、クールな性格や生活感が見えない等言われ、時には気を遣われる。そういったキャラクターに位置づけられることに不満はなかった。

だがしかし、30歳を迎えた私に大きく感情を揺さぶることが起きてしまった。大学を卒業し、新卒で入った大手企業で特に目立った存在でもなく、粛々と事務作業をこなしてきた。そんな出世欲もなく、かといってアフターや趣味を楽しむわけでもない私は、ただオフィスが港区にあるというだけで、港区女子というカテゴリーに入れられていた。

私の仕事は事務作業なのだが、年に一回全社員が発案できる社内コンペがあり、なんとその社内コンペで私の企画が最終候補まで残り、プレゼンを行うことになったのだ。

「めんどくさ」

率直にそう思った。もちろん大真面目に考えた企画であり、その企画が残ったことは嬉しいのだが、実際にそれを実現させようというのは私の中では違うベクトルの話だった。

「お手柔らかによろしく」

最終候補に残った中の一人は私と同じ部署であり、同期で常に営業成績上位の西園寺 司さいおんじ つかさが私に話しかけてきた。少女漫画から飛び出してきた名前の男だけど、見た目はごりごりの体育会である。私は勝手に、ごりおと心の中で呼んでいる。

「こちらこそ」

「相変わらずクールだね、金剛瓦こんごうがわらさん」

かくいう私は、金剛瓦 三咲こんごうがわら みさきという名前であるが、自分では気に入っている。
ここまではまだいつもの私だった。これからのことを考えると気だるくなるのは、いつもの私。

ここまでは80%。これからのことを考えると50%。やっぱりいつもの私。

最終プレゼンの前日に同じ部署の同期四人で飲み会をすることになった。その中の一人は、ごりおである。

「プレゼン決起会ということでーかんぱーい」

同期のにゃーこが乾杯の音頭をとる。にゃーこは私が心の中でつけた呼び名だ。

「こんごうちゃん凄いね!この勢いで明日はコンペ勝っちゃおう!」

私をこんごうちゃんと呼ぶのはにゃーこだけだ。同期ってだけで特別仲が良いわけではないのだが、そんなことは関係無く、同期だから仲が良いと言わんばかりの態度は入社してから変わらない。

「悪いけどみさきちゃんには、負けられないな!というか営業として負けられない!」

ごりおは会社から出ると私をみさきちゃんと呼ぶ。それは別にどうでもいいのだが、私はうっかりごりおと呼ばないように気を付けている。

「二人ともすげぇよな、俺なんかじゃ夢のまた夢だよ」

同期の中でも一番ネガティブ思考の彼。呼び名はそのままネガティブ。

決起会というのは大義名分で、結局はにゃーこの好きな同期飲み会はいつも通りだ。

にゃーこは天真爛漫、自由奔放、喜怒哀楽がはっきりしていて大体会話の中心にいる。興味のあることには食いぎみに反応し、関心の無いものは上の空、それがにゃーこのにゃーこたる由縁でもある。

ごりおは、見た目も中身も熱血漢。俗にいう熱い男。暑苦しさも突き抜ければ気持ちがいいのだろう。それに、結果も伴っているので上司からも気にいられている。

ネガティブはマイナス発言が目立つが、それは心配性がゆえで色々なことを想定している為、備えが良い。過去に、何を想定したらこんな物を用意するんだと思ったもので助かったという話を聞いたことがある。それ以降、ネガティブのもしもは一応聞いておこうということになってるとか、なってないとか。

そして、三人に共通して言えることは感情が濃いのだ。良いも悪いも滲みでる人間独自の感情は、人たる根本的なものなんだろう。

「どう思う?」

この質問は悪魔的な質問だ。答えは決まっている。私の思ったことを言えばそれが答えなのだが、それは正解では無い。特に私は答えを正解にできない。

少し昔の話をしよう。高校生になりたての頃、クラスで親睦会をしようということでカラオケに行こうということになった。私は歌もよく知らないし、自分で自覚するほどの音痴だったので全く行く気にならず、丁重に断ったつもりだった。
ただ、相手の反応は冷めた感じだったのを覚えている。
直後に私の後ろの席の子にもカラオケに誘っていた。その子はパンっと両手を合わせた。

「ごめーん!すっごく行きたいんだけど、私バイトしてて…でも次は絶対行きたいから!ほんとにごめん!」

その子からは感情が伝わってきた。声の抑揚からでも表情が浮かぶ。それが正解だったか。その後彼女達はよく一緒にいるのを見掛けるようになった。私は一人でいることが多かった。

飲み会も終盤になり、私も心地よいと思えるぐらいには酒を嗜んでいた。三人はいつも通りの酔っぱらいになっていた。

「よーし!カラオケ行くぞ!」

「こんごうちゃんはどうする?」

パンっと両手を合わせることはしない。

「私は帰るよ」

「そっかーじゃあ気を付けてねー」

「またな!明日は負けねぇぞ!」

「明日に備えて、ヘパリーゼ買っておいたから、あと水も」

これがいつもの私達。このまま帰って、明日のプレゼンの為にちょっと資料を確認したらシャワーを浴びて、それでちょうど50%。
だけど、今日はいつもの私とは少し違う行動をしてしまった。まっすぐ帰るはずが、小さなbarにふと懐かしさを感じ、ふらっと立ち寄った。

「いらっしゃいませ、どうぞ」

五つほどの椅子があるカウンターには誰もおらず、私はマスターの目の前の席に座った。

「何にしましょう?」

「えーと、おすすめって頼めますか?」

正直もう一杯飲もうと思っていたわけではなかったので、飲むものは何でもよかった。
落ち着いた店内には沈黙が似合っていた。マスターはこくりと頷くと、カクテルを作り始めた。

私は聞かれた訳でもないのに、今日のことやプレゼンのことを話していた。ただ聞いて貰うだけだと、楽に話せる。別に会話をする訳じゃないのだと開き直れる。

「お待たせしました、メモリーというオリジナルのカクテルです」

「ありがとうございます」

一口飲んで、美味しいとテンプレ通りの感想を添える。私には酒の味は大差ない。
私は話の続きを始めると、マスター頷きながら相づちを打ってくれる。私が大体話終えると今度はマスターが話始める。
店内が暗く、確信が持てなかったが声でマスターが女性だということがわかった。

「明日のプレゼン成功するといいですね」

「はい」

「私の話になっちゃうんですけど、いいですか?」

「どうぞ」

「私ね、お客様が入ってこられて実はとても驚いたんですよ」

「そうなんですか?」

「実は今日からオープンなんですけど」

「そうだったんですね」

「ただ、オープンしてから誰も来店されなくて」

「確かにちょっと場所が分かりにくいかも」

「このまま初日は閉店かもと思っていたときに、来店されたので」

私はどうやらこの店のお客第一号になったみたいだ。私が言えたことじゃないが、友人の一人や二人来てもいいのではと思ってしまった。

後編へつづく

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