【短編小説】もうすぐ電池がなくなります 残量が15%です【後編】

 
 落ち着いた空気が漂う中、私は明日のことを考えていた。マスターの話が進めば進むほど、私の気持ちは明日へと進んでいった。
最初の印象とは違い、ときおり笑いながら話すマスターはどこにでもいるような女性で、話す内容もいわゆるガールズトークだ。良くいえば気さくであり、悪くいえば馴れ馴れしい。だが、私はマスターがそういう理由で私に話しているのでは無いことは解っていた。

「すいません、私ばかり話しちゃって」

「いえいえ」

「あの、失礼ですがお客様のお名前を伺ってもよろしいですか?」

私は少し間を空けて答えた。

「…金剛瓦こんごうがわらです」

「やっぱり!久しぶりだね、覚えてないかな…?」

自信無さげに問いかける彼女に対し、私は一言だけぼそっと呟いた。

「いー子でしょ」

無表情で答える私とは対照的に、ぱっと表情が明るくなるいー子。いー子とは私がつけたあだ名である。

「覚えててくれたんだ!ありがとう」

私は途中から気付いていたが、それを言葉や態度で示すことは敢えてしなかった。なぜなら、彼女にとって私との再会は良くないことを思い出してしまうだろうと思ったからだ。

あの日、私の後ろの席だった彼女は私と同じようにカラオケの誘いを断った。同じようにならなかったことがある。私はあの日以来、誘われることは無くなった。彼女はあの日以来、誘ってきた連中と一緒にいるのを見るようになった。

私は孤立した。だが、ただそれだけのことで私の高校生活を脅かすほどのことでは無かった。もともと勉強をするために選んだ高校であり、むしろ好都合だとも思っていた。

彼女はクラスの中心グループの中にいた。放課後になると一緒に遊びに行くのだろう。その程度の認識だった。
その認識が間違いだったと気付くのに、そう時間はかからなかった。私がガリ勉の人畜無害の人間だとでも思ったのか、彼女がいないときのグループの会話は私に届いていた。会話の内容はいじめを示唆するようなものだった。

「めんどくさ」

私は素直にそう思った。それは、そういうくだらないことをするグループの連中に思ったのと同時に、その事実を知ってしまった私自身に対してだ。

私はその頃から自分のキャパシティを把握して、自分の目標を達成する為に行動していた。当時でいえば、誰でも知ってる有名大学を目指すことが目標であった。余計なことに、自分の残量を使う気はなかった。

そのはずだったのだが、気分転換の為に寄った喫茶店が彼女のバイト先だったことがきっかけで、変に彼女を意識してしまった。彼女も私に気付き、軽く会話をした。本当に当たり障りのない、軽い会話だった。

学校では会話することは無かったが、私は後ろの席の彼女を前より意識してしまっていた。私はまた喫茶店に行くと、彼女もまた働いていた。アイスコーヒーを運んできた彼女に会釈をすると、彼女も会釈をした。特に会話はしなかった。

ケバ子、ポニ子、パッツン。この三人の女子が彼女をいじめている。女子特有なのかいじめの内容は陰湿なやり方だった。もちろん私が勝手につけたあだ名なんだが、由来は想像に任せる。

今思えば、わざと私に聞こえるようにしてどういう反応をするかを試していたのかも知れない。それに、私が一向に何もアクションを起こさないから、完全に嘗められていたのだろう。

ある日私は、後ろの彼女に配られたプリントを渡す時に一枚のメモ書きも一緒に渡した。

「知ってるよ」

ただ一言、それだけを書いた紙だった。彼女を助けるとか、私にできることがあればとかではなく、ただ今の私の現状を伝えようとしただけだった。それは、私自身が余計なことを考えなくする為の無責任な告白だ。
彼女が何か言ってきても、それ以上は何もする気はなかった。冷たい人間だと思われるかも知れないが、私の容量じゃ足りないと解っていた。
ただ、彼女の現状を無視するのと、現状を知ってるが私の力不足だと伝えるのとでは、後者のほうが私に取って納得のできることだった。

そのメモ書きを見て彼女がどう思ったかはわからないが、その日は特に反応がなかった。次の日、机の中に便箋が入っていた。中の紙には一言だけ書いてあった。

「ありがとう」

ホームルームの最中に私は静かに笑った。あれでお礼を言われるのかと。先生の話が終わる頃には、私の目標は変わっていた。大学合格プラス彼女へのいじめを止めさせる。
久しぶりに感情が高まった気がした。ホームルームが終わると、すぐに振り返る。びっくりした彼女は黙って私を見つめている。

「お礼をいうのはまだ早いよ」

私がそう言うと、彼女はポカンとしていたが徐々に瞳が潤んでいくのがわかった。彼女のもとに、例の三人が寄ってくる。

「あれー?金剛瓦(こんごうがわら)さんっってりょうこと仲良かったのー?」

「てか、話してる初めて見たかもー」

「これから仲良くし…」

わちゃわちゃし始めてきた中で、りょうこは黙って顔を伏せていた。

「黙れ」

私はそんな三人を一喝した。

「えっ?」

「はっ?」

「なに?」

驚いた表情の三人だったが、みるみる表情が険しくなっていく。

「急になに?意味わかんないんだけど?」

「なにキレてんの?」

三人目が何か言おうとしたが、そんなものは一蹴した。

「黙れ、お前らのくだらないことに貴重な時間を使わせるな」

私の声に周りのクラスメイトも反応し、ざわざわし始める。

「ちょっと!ほんとに何なの?頭おかしいじゃない?」

三人の中でもリーダー格のケバ子が反論するが、動揺しているのがわかる。

「私の頭がおかしくてもなんでもいいけど、彼女の人生をおかしくするのは止めろ」

私の気迫に圧されたのか、黙る三人。

「それとお前の化粧もおかしいから止めろ」

ぷっと周りの何人かが吹き出すのが聞こえた。

「はぁぁ?マジお前調子に乗んなよ!あたしの彼氏誰だと思ってんの?マジぼこすよ!」

その台詞が出る時点でフラグは立ってしまった。

「あんたの、彼氏は誰だか知らないけど、あんたの彼氏は金剛瓦(こんごうがわら)って名前は知ってるかもね」

私は、久しぶりに抑えていたものを解放してしまった。

昔のことを思い出しながら、barで酒を嗜むなんて年をとったもんだなと思っていた。

「あのときはびっくりしたよ!いきなり三人に黙れっさ」

私の予想とは裏腹に彼女は過去の話もしだしていた。いじめられていたことよりも私のインパクトが強かったようだ。

「そんなこともあったね」

「それに極悪金剛瓦(こんごうがわら)兄妹って漫画じゃないんだからさー、ってごめん!ディスってる訳じゃないからね!?」

「まぁ昔の話だからね」

極悪金剛瓦(こんごうがわら)兄妹の話はまた別の機会にでも話そう。

「でもほんとにあの時は…私…」

明るく喋っていた彼女が、涙ぐんでいる。

「それに今日だってさ!ほんとに充電器みたいだよね、パワーが無くなってきたとこに注入してくれる!って例えが変か?!」

慌てた彼女の表情からは、嫌な気持ちにはならなかった。

「わかりやすいやつには、充電もしやすいよ」

それに、余力のあるやつには充電なんてしないくていい。私みたいなやつは、特に。

「じゃあ明日は私が充電してあげるよ」

「えっ?そんなに疲れてるように見える?」

「だって、明日凄いプレゼンあるんでしょ?使いきっちゃうんじゃない?」

「あぁ、そうかもね」

私は静かに笑った。


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