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「おめでとう」の気持ちが行方不明になってしまった日

皆さんは婚姻届の証人欄に記入をしたことがあるだろうか。きっと、ある方も多いだろう。

では次に、友人に対する「おめでとうという気持ち」が行方不明になったことがあるだろうか。 僕はある。先日、そんな摩訶不思議な経験をした。

友人から「結婚する」という連絡があった。地元熊本にいるMくんだ。さらには婚姻届の証人になってくれないかとも頼まれた。なんと用紙を持って福岡まで来るらしい。嬉しい申し入れだ。当然、快諾である。

Mくんが福岡に来た当日は、美味い飯を食べに行き、我が家に招いた。お茶を飲みながら「お前が結婚かぁ」などというありふれた会話するのが心地よく、友の幸せは僕の幸せなんだと実感した。

しかし、そろそろ婚姻届を書きましょうか…というところで事態は急変する。Mくんが取り出した婚姻届がやけに多いのだ。

ガサガサと用紙を取り出すと、彼はまっすぐな瞳で僕にこう言った。

「念のため5枚記入してくれ」と。

ご…5枚は多くないか? ものすごく疑問を感じる枚数だった。

僕「5枚もいらないだろう?」
M「念には念を、だよ」
僕「念には念、なら3枚だろ」
M「…」

途端に、場の空気が重くなるのを感じる。

僕「3枚ならわかるよ。でもね、5枚ともなると、もはやちょっとした出版だよ」
M「…いや、君は家が遠いし、他の誰かが間違えて足りなくなったら困るんだ」
僕「 いや、そもそも他の欄は埋めておけよ」

どちらも意見を譲らない。

しかしここで、僕はあることに気付く。 もしかして彼は新婚さんモードに入っているのではないかという事だ。

時に新婚さんは、そのハッピーさがゆえに特殊な心理状態に陥る。そしてその場合、あまり真っ当な話し合いは通じない。そう思った僕は、仕方なく5部の婚姻届作成を了承した。

ボールペンを持ち、生年月日・住所・氏名を丁寧な文字で記入していく。

1枚、2枚…しかし、3枚目で異変が起きる。

「結婚おめでとう」という気持ちが「書くの面倒くせえな」という気持ちに負けそうなのだ。

僕「Mくん、ダメだ、このままだと俺、負けそうだよ」
M「何が? ハイ、次ぃ!」

結局勢いのまま、5枚をを書き上げた。書き上げたときには「おめでとう」という気持ちは完全に消え去っていた。

そして僕の口からは「やっと終わった!」という言葉も出た。出てしまった。その言葉を聞いたMくんは非常に不満そうな顔をしている。やはり新婚さんモードに違いない。

とはいえ僕も思ってもいないことを口にしたくはない。既に僕の「おめでとう」は行方不明になっているのだから

…それから1週間後。
M君から1通のLINEが届いた。

「誰も書き間違えず、一枚で足りました」

「だから言っただろ!!」と返信する僕。そしてそこに「おめでとう」と添えた。自然と添えることができた。

あぁよかった、「おめでとうの気持ち」がちゃんと帰ってきた。


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■この文章を書いた人
ナナシナタロウ
31歳から音楽活動を始めた、少しスロースターターなヒト。よい語感が好き。文章書くのも好き。熊本出身、福岡在住の無所属シンガー。LIVEではアコギやエフェクターと弾き語るスタイル。引きこもって創作活動に励む。右利き。


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