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文章術ってめちゃくちゃ大事だと思っている

 文章術ってめちゃくちゃ大事だと思っていて、古賀史健さんの本を読んだり、田中泰延さんの本を読んだりもしたけど大してうまくならなくて、著者がどうこう言う前にぼくの方の問題で一向にうまくならないのだから仕方ないのと、もう少し文章がうまく成る工夫をしないといけないんだろうと思う。このおふたりの本はめちゃくちゃ参考になったし、単におもしろいのでおすすめです。このおふたりの本のことは置いておこう。ほんとうに読んだ方がいい本。

 ただ、最近では読みやすくてうまくまとまった文章が多いんだけど、そんなもんでいいんだろうか?という風にも感じている。わかりやすく伝えたからと言ってそれが何になるのだろうか?ただ流れていく文章。文字の並べ方を変えたからと言って流れていくのには変わりがない。知識を与えるだけの文章。共感を得るだけの文章。どちらも出発点が同じで着地点が違うだけ。いや、着地点もそう変わらないのかもしれない。

 誰にも読まれないものを生み出したところで何が悪いというのだろう?至らないものを至るまで精査したところで的外れになるだけで、至らないものを至らないままに生み出し続けることにも意味があるように思う。文字や活字が単なる記録にならないように、わけのわからない読まれない文章にだって役割りがある。

 じゃあ何で書くんだろう?書こうと思うことと、書きたいと思うことと、読んでほしいということと、認められたいということは全部異なる欲求だ。書きたいということから読まれるためのものは必要ない。読んでほしいとか認められたいからは読まれるためのものが必要だろう。翻訳本のようなもの。自分の書きたいことを翻訳する必要があるんだろうか?読まれる文章を、と言われるたびにそんなことを考えてしまう。


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