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しょうもな

今はいない恋人のことを考える、考えてもしょうがないとは分かっていても考える。

例えば私達が上野で意味もなく歩き、見えない落とし穴から逃れるようにソロソロと距離を保ち、それでも意味もなくクスクスと笑ってまたねと言って駅で別れてひとりで電車に乗って全身が弾けとび、この瞬間木っ端微塵に霧散したいと思ったことを考える。二度とない経験のことを考える。

例えば初めて彼の家に行き、私のために出してくれたココアのことを考える。その時着ていた今は捨ててしまった赤いセーターのこと、を、考える。ズボンの下ではちはちに膨らんだ彼の一部のことを考える。

しょうもな。と、思う。

味のしなくなったガムを飲み込んでも意味がない。分かってはいるが、しかし、しかし、もう永遠に消えることはない。味がしなくても口の中であまやかに存在したことは事実なのだ。

真夜中、目が覚めて、となりに横たわっているのは別の人だ。顔も何もかも違う。

子どもみたいに小さな足、を、ムニリと掴んで揉んでみる。彼には体毛はほとんどない、そのように肉体を加工しているからだ。

うお、暖かいな。生きてる。私も生きてる。今はいない恋人もどこかで生きてる。というか距離としてはおそらくそんなに遠くにいない。もしかしたらどこかでばったり会うかもしれない。

嫌だな。会いたくない。あんなに好きだったのに。会いたくない。どうしてだろう。味のしなくなったガムに2度と味は戻らない。

ひとことサヨナラと言えたら良かったのに。最後は「またね」と無理に笑って言った。そんなことするべきではなかった。言うべきことは「サヨナラ」だった。あとになって分かってもどうしようもない。

どうしようもないことの連続だ。

ベッドに腰掛けて、ひんやりした古びているけれど艶やかな床を見る。清潔な空間。柔らかいベッドに、ふたつの体、ふたつの脳みそ。そのうちひとつは寝てて、ひとつは起きてる。ほんとうにそうか?、あやしいものだ。

「なにしてるの」

彼が目を見開いてこちらを見る。こめかみあたりに自分の唇をぎゅうと押し付けてみる「ヤメロー」と棒読みで言う、嬉しそうだ。

それから私も目をつぶり浅い眠りにつく。朝になれば朝食を食べてきっとどこかに出かける、コーヒー豆がない、と昨晩言っていたので買うかもしれない。

バツイチ年増へのサポートっていやらしい響きですよね。それが言いたかっただけです。