映画『午前4時にパリの夜は明ける』孤独な乗客が夜に寄り添う

『アマンダと僕』(2018)が面白かったので、ミカエル・アースの新作を劇場に観に行く。長編4作目だそうだ。1980年代のパリが舞台。『午前4時にパリの夜は明ける』なんていう邦題がついているが、『夜の乗客(Les passagers de la nuit)』でいいじゃないかと思った。

深夜ラジオが舞台になる。ラジオのパーソナリティの声は、夜の孤独に寄り添う。孤独な時間を過ごす「夜の乗客」は、ラジオを聴きながら一人じゃないことを感じる。その深夜ラジオの人気パーソナリティを演じるのは、エマニュエル・ベアール。そして夫と別れて一人になって、子供たちを育てながらラジオ局で働き始める主人公が、シャルロット・ゲンズブール 演じるエリザベートだ。乳がんを患った設定であり、子供たちのことや自分の人生についていろいろと思い悩む等身大の50代女性を演じている。

このところ暴力的な殺伐した映画を続けて見ていたせいか、私はこういう日常の機微を描いた何も大きな事件が起きない映画が好きだと改めて思った。アクションや劇的なドラマは要らない。日常のささやかな心の襞が垣間見えるような静かな映画が好きなのだ。

エリック・ロメールの『満月の夜』とジャック・リオヴェットの『北の橋』が出てきて、その2作品に出演していて25歳で急逝した女優パスカル・オジェのことが語られる。どこかエキセントリックで個性的な女優だったパスカル・オジェは、この映画の家出少女タルラ(ノエ・アビタ)の憧れの存在であり、二人は重なって見える。深夜のラジオ局で出会ったホームレスようなパンク少女タルラをエリザベートは家で面倒を見ることにして、家族と一緒に暮らし始める。タルラはドラッグがやめられず、愛されたことのない不安定な精神を抱えている。それぞれの孤独を抱える家族が、部外者のタルラを家に入れることで、また新たな変化とつながりが出来ていく。是枝裕和監督の映画にも通じる疑似家族の温かさだ。

息子のマチアス(キト・レイヨン=リシュテル)はタルラのことが好きになり、人生の一歩を踏み出す。夜の橋からの転落やアパートの屋上に上る上下の動き、映画館に忍び込み、そしてバイクの二人乗り。運動が二人の距離を近づけていく。ミカエル・アースは今作でも運動を効果的に使っている。エリザベートもまた恋人を作り、息子や娘たちの母親としてではなく、自分の人生を歩み始める。子供たちと選挙に行き、娘が暮らす家を訪れ、娘が自立して家を出たことを実感する。

エリザベートたちが住む高層アパートからは、セーヌ川やパリの街が見渡せる。特に屋上から見えるパリの夜景が美しい。プリンを作ったときは、有名なシャンソン、ジョー・ダッサンの「Et Si Tu N’Existais Pass」を聴きながら、家族でダンスをする決まりがある。タルラも一緒になって家族でダンスするシーンが、この映画の最も幸福感に満ちている場面だ。ミカエル・アース監督は、『アマンダと僕』でも、そういう幸福に満ちたシーンを用意していた。それが例え束の間の儚いものであったとしても。その思い出を抱えて、タルラも家族のそれぞれが、生きていける。

粒子を荒くした16ミリフィルムや80年代のミッテラン大統領就任時の記録映像などを織り交ぜながら、80年代の空気を描いている。あまりよく知らないが、監督が好きな音楽もふんだんに使い、心が温かくなる映画をミカエル・アースはまた作った。シャルロット・ゲインズブールが、いい感じに歳を重ね、自然体で演じていて好感が持てた。


2022年製作/111分/R15+/フランス原題:Les passagers de la nuit
配給:ビターズ・エンド
監督:ミカエル・アース
製作:ピエール・ガイヤール
製作総指揮:エブ・フランソワ・マシュエル
脚本:ミカエル・アース、モード・アメリーヌ、マリエット・デゼール
撮影:セバスティアン・ビュシュマン
美術:シャルロット・ドゥ・カドビル
編集:マリオン・モニエ
音楽:アントン・サンコー
キャスト:シャルロット・ゲンズブール、キト・レイヨン=リシュテル、ノエ・アビタ(タルラ)、メーガン・ノーサム、ティボー・バンソン、エマニュエル・ベアール、ロラン・ポワトルノー、ディディエ・サンドル

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