黒沢清監督のサスペンスホラーの傑作「CURE」、光と水が秘めたる自己をあぶり出す恐怖。

サスペンスホラーの傑作、黒沢清の代表作の一つだろう。人間の分からないということが一番怖い。得体のしれない恐ろしさ。黒沢清と役所広司は何作かコンビとして作られているが、感情的な刑事で犯人の萩原聖人を追い詰めようとするのが、後半、役所広司が無表情に理性的になっていくところが怖い。特にラストのファミリーレストランの場面、刑事として理性的に振る舞いながらの、殺人を予感させるだけの全部を描かない怖さは凄い。「ミイラ取りがミイラになる」ように、刑事は催眠暗示の殺人者(伝道者)になる。記憶喪失で自分のことが分からない催眠暗示を研究していた男を演じた萩原聖人のしゃべり方も不気味だ。彼のことをみんなが聞き出そうとするも、「あなたはダレ?」と何度も逆質問を繰り返し、相手をイライラさせる独特の話術。「あなたの話を聞かせて」と会話の主導権を逆転させるその不気味な会話のテンポが、この映画の面白さだ。

さらに音の使い方で恐怖を積み上げていく。波の音、水の音、雨の音、洗濯機のまわる音、蓄音機から聴こえる声。そして様々な光の明滅とライターの炎。心理学者のうじきつよしが、最初は役所広司に萩原聖人に「近づきすぎるな」と注意していたにもかかわらず、彼自身が自分の部屋の壁に「×」の模様を描いていたところも怖い。あるいは、役所広司が精神的に患っている妻が首つり自殺した場面の幻影を見る場面。自分で自分の頭の中をコントロールできなくなる恐怖。自分の心理の底に持っている妻への思い、秘められた思いが露わになる怖さ。観客は役所広司が妻(中川安奈)を殺してしまうのではないかとドキドキしながら彼の帰宅した家の中を見守っていく。これだけ猟奇的なことが起きると、何も起きないことの方が怖い。そしてロケとなる古い病院の一室や廊下、廃屋となった建物の外景、萩原聖人が暮らしていた部屋や浴室。水にまつわるものがことごとく不気味なものとして人間の心に迫って来る。

黒沢清は、サスペンスホラーでその実力が世界で認められた映画監督だが、描かないことで何かを暗示することがとてもウマい。この映画でも窓から人間が人形のように飛び出して落ちてくるし、でんでんは無表情に交番で拳銃で同僚を撃ち殺し、その死体を運ぶ。人間が人形や死体のようにモノ化するのだ。感情を描かないことで、得体の知れない不気味さを演出するのだ。

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