映画『それでも私は生きていく』ミア・ハンセン=ラブの等身大の女性像
「ある美しい朝」(Un beau matin)の方が素敵なタイトルなのに(父の自伝のタイトル)、邦題は「なんだかなぁ」という感じ。ミア・ハンセン=ラブは、『あの夏の子供たち』や『ベルイマン島にて』がわりと好きな映画だったので新作も観る。『未来よ、こんにちは』も含めていつも女性の生きざまが描かれている。本作もまさにシングルマザーとしてのパリでの暮らしと父の介護問題と、自分自身の恋愛が等身大のまま描かれている。彼女の自伝的作品ともいわれている。
シングルマザーのサンドラ(レア・セドゥ)は8歳の娘を育てながら、通訳の仕事をしてパリで暮らしている。哲学者の父ゲオルグ(パスカル・グレゴリー)は、神経性疾患で視力を失いつつ認知症も患っていた。自宅には多くの蔵書があり、父は病院と施設を転々としながら介護生活が続く。サンドラの母(ニコール・ガルシア)も父の見舞いにも行くし、家族の関係は悪くない。しかし、何度も父の見舞いに行きながら、父は娘のことにはあまり関心を示さず、恋人レイラの名前を呼ぶばかり。このへんがフランス映画らしい。この高齢になっても恋人がいること、それが自分の人生の支えになっているということ。「自分にとって大事な人は3人いる。一人はレイラ、もう一人は自分。あと一人は誰だったろう・・・」。娘サンドラの名前は出て来ない。サンドラは「実物の父に会っているより、父の本棚の本を見ている方が父を感じられる」と幼い娘に語る。記憶があいまいになり、変わっていく父を見続ける寂しさ。
そしてサンドラ自身も旧友のクレマン(メルビル・プポー)と恋に落ちる。妻子あるクレマンとの苦悩する恋。この辺りはよくあるメロドラマである。お互いに激しく求めたり、人目を気にしたり、家に帰っていくクレマンへの不信と嫉妬と別れ。
介護施設の様子がリアルに映し出され、老後の現実を見せつけられる。介護施設に入れられる前にスイスに行って安楽死を望むことを恋人同士で約束する場面もある。誰もが感じる高齢化社会のリアルな現実。妖艶な役が多かったレア・セドゥ。本作でも見事な裸体を披露しているが、どちらかというと年齢相応の戸惑いや不安や疲れのようなものを演じている。性と愛の歓びだけでは生きてはいけない。親の介護も子育ても恋愛も楽しいばかりではない。そんな中にあって、クリスマスのサンタとトナカイを呼び込む子どもたちとの場面は、幸福感に満ちていた。家族であることの喜びをこの監督は描くのが上手い。人生についての誠実な映画だが、全体としては面白みにやや欠ける。
2022年製作/112分/R15+/フランス・イギリス・ドイツ合作
原題:Un beau matin
配給:アンプラグド
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
製作:フィリップ・マルタン、ダビド・ティオン
撮影:ドニ・ルノワール
美術:ミラ・プレリ
衣装:ジュディット・ドゥ・リュズ
編集:マリオン・モニエ
キャスト:レア・セドゥ、パスカル・グレゴリー、メルビル・プポー、ニコール・ガルシア、カミーユ・ルバン・マルタン、フェイリア・ドゥリバ、フェイリア・ドゥリバ、サラ・ル・ピカール、ピエール・ムニエ
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