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演劇レビュー『小さな家と5人の紳士』~東京乾電池公演 @札幌シアターZOO 作:別役実 演出:柄本明  

舞台上は何もない。段ボール箱が片隅に一つあるだけ。そこへシルクハットをかぶった一人の紳士がやって来て、段ボールに腰掛けようとする。すると段ボールが壊れて男がコケる。笑いが起きて、もう一人の紳士が現れて芝居が始まる。「そこに段ボールを置いた奴の悪意だ」と紳士2は言う。紳士1は「段ボールをそこに置いたのは自分だ」と答える。とすると「自分への悪意?」「自己嫌悪?」などと言い合っているところに、男3が段ボールを頭に被って登場し、段ボールの中に入る。段ボールの中に入るのが「いい」と言う。男1も段ボールの中に真似して入ってみる。「うん、確かにいいね」と言う。男2は「どこがそんなにいいんだ?」と聞くが、男3は「段ボールに入っている感じがするんだ」と言う。男1も同じ言葉を繰り返すばかり。

そんな風に男たちの「感じ方」が少しずつ違い、その違いは「何なんだろう」「どうしてなんだろう」と言い合う芝居だ。人間はみんな「感じ方が違う」のだから当たり前だ。同じような紳士の格好をしていても、段ボールに入って「いい」と感じる人もいれば、「どこがいいんだ?」と疑問を感じる人もいる。

その次に出てきた紳士4は、松葉杖で片足を怪我しているようにして出てきて、実は怪我していないことをバラすことで「人から驚かれる」ことを喜んでいる奇妙な男だ。紳士が増えて言い争いが複雑になっていく。「他者の目線」を意識しながら、そのズレ、嘘を楽しむ男。その男に「共感」できるかどうか?という話になる。さらに「くすぐったい」という感覚が分からないと一人の紳士が言い出す。狭い段ボールに2人ずつ入って、くすぐり合うという奇妙な舞台展開。どんな感じが「くすぐったい」のか、感覚は人ぞれぞれだから、他人の「くすぐったい」様子を見ても、自分の「くすぐったい」気持ちと同じなのか判断できない。

自分が段ボールに入って「いい」と感じる気持ち、他人をくだらないことで騙して「楽しい」と感じる気持ち、「くすぐったい」という身体的な感覚、すべて共感できる場合もあるし、理解できない場合もある。「共感した気になっているだけ」かもしれないし、「相手に合わせている」だけかもしれない。本当のところは、「同じ感じ」なのかどうかは分からないのだ。そのそれぞれの感じ方のズレが言い合いを生み、争いや関係の芝居になっていく。

そこへ紳士5は奇妙な枝の先に瓶をぶら下げて「静かにしろ」と言いながら入ってくる。瓶の中には砂が入っており、その砂の中にミミズがいて、男はミミズを飼っているらしい。紳士5は、「そこにミミズがいて、ここに俺がいる。それがいいのだ」と言う。「共にいる」という共同生活をしているような幻想。ミミズがそこに本当にいるかどうかは問題ではない。共にいることを「想像する」ことが大事なのだ。そこからの展開は、「仮定」と「交換」の話になり、幻想としての「所有」といったような社会的な仕組みの暗喩のような展開になる。

最後に出てくるのが、「母」を紐に繋げて奴隷のように引っ張ってくる女、「母娘」とおぼしき二人だ。「母」が逃げるから紐に繋げているという支配的で強権的な「娘」。この横暴な娘を柄本明が女装して演じている。彼女たちが本当の「母と娘」なのかどうかは分からない。言っているだけかもしれない。演劇もまた「仮定の幻想」なのだ。「家族」という関係の幻想の暴力はなかなか他人が介入しづらい。「母娘」という二人だけの閉じた関係は、他者から見たらいびつな権力関係になっていたりする。だから「家族」は厄介な関係になる。

ラストは「家族」の力関係の逆転の暴力が起き、死がもたらされる。また紳士たち5人になり、段ボールで家を作るのだ。私たちは、「家」を遠くから見守ることしかできない。窓から小さな明かりが洩れる仮想の「家」。私たちは「想像すること」しかできない。他者の気持ちを決めつけることも、善か悪かを判断することも安易にはできない。「小さな明かり」を見つめて、想像して「遠くから見守ること」を示して、舞台は暗転する。「家」の中にいれば、「窓」からしか外の世界を眺めることしかできない。自分が見ているのは「窓」という小さな限定された世界でしかない。

人と人はみんな違うのだから、「同じだ」と決めつけることも安易だし、「わかる」と簡単に「共感」して言うのも、実は「違って」いたりもする。だから「想像すること」しか私たちにはできない。関係はみんな「幻想」でしかないのだ。「思い込み」という「共感」だったり、「恋」という幻想だったり、「家族」というものだったりする。「関係」というものの「幻想」と「共感のズレ」をあらためて考えさせてくれたお芝居だった。それを「ゴド―を待ちながら」のような紳士たちのとりとめのないやり取り、それをコントのような笑いで普遍的に描いているところが別役実の戯曲の凄さだ。

ベケットがいて、イヨネスコがいて、チェホフがいて、そして日本には別役実がいる。その時代を超えた普遍性。いつまでも演じられ続けて欲しい劇作家だ。

劇団東京乾電池
作:別役実  演出:柄本明  企画:川崎勇人  
札幌シアターZOO提携公演
出演:柄本明、高田ワタリ、矢戸一平、川崎勇人、杉山恵一、中井優衣、岡森健太
2023年12月14日 札幌シアターZOOにて観劇

協力:ノックアウト 
主催:劇団東京乾電池、北海道演劇財団、NPO法人札幌座くらぶ
制作協力:ダブルス

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