Filipina

僕はあるフィリピーナと会ってきた。昨晩のことだ。僕は以前からフィリピン人とは比較的縁が深くて、たびたび会ってきた。僕が初めて本格的にフィリピーナと話したのは17歳の頃だ。当時、僕の家の近くにジュリーというフィリピンスナックがあって、近所の人やインド人の友人と一緒に行ったのだ。スナックジュリーは当時25歳だったJulieというフィリピーナをメインホステスにしたスナックだった。Julieは確かに美人で、おそらく当時近所にいた女性のなかで一番美人だったと記憶している。そのスナックは数年間その場所にあった。

僕はまだ未成年でメンソール煙草のKoolを持ってスナックに駆けつけたのだが、酒も煙草もやらせてもらえなかった。Julieは僕からKoolを取り上げた。代わりに彼女は僕にアイスのガリガリ君を渡した。僕は、カラオケで尾崎 豊のI LOVE YOUを歌ったり、軍歌を歌ったりしていた。Julieは僕に言った。

「スピッツを歌ってよ」

しかし、当時の僕はスピッツの歌をなにも知らなかった。

さて、僕が昨晩会ったフィリピン人の女の子は、Jeanという名前の東京から旅行で来た英会話教師だった。僕らはハロートークという言語交換アプリで出会ったのだが、僕らが初めて顔を合わせたとき、時刻は既に22:30を過ぎていた。彼女は思ったよりも小柄であった。身長は154cmくらいに見えた。黒のジャケットを着ていた。靴も黒だった。顔つきは東南アジア人特有のDNAが強く露出したようなものであった。唇の辺りが盛り上がっている。

僕はあらかじめコンビニで買っておいた、チキンが挟まれたパン(僕はそのパンの名称を忘れた)を齧りながら彼女と夜の札幌の街を歩いた。極寒であった。一面が雪で白かった。当たり障りのない会話をした。彼女の口紅は濃い赤で、肌にはかなり色素が付着していた。浅黒い肌をしていた。僕らはコンビニへ向かっていた。Jeanが彼女の仕事について言う。

「It's so easy」

彼女の給料はそんなに多くはないと思うけれど、楽な仕事をして自活し、友人と一緒に喫茶店へ行ったり、ケーキを食べに行ったり、酒を飲んだり、たまに旅行に行ったりできているのだ。自己実現という観点から見たときにそれは充分に合格点な生活だろう。

冬の夜の刺さるように冷たい空気が僕らを包んでいた。僕らが会っていたのはたった50分に満たない時間であったが、フィリピーナという人種を理解するうえで、意味深い対面であったと思う。

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