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ため息で幸せを逃がさない

 ため息をついている人をみて、「ため息をつくと幸せが逃げる」という言い伝えを思い出した。
 大学生の頃、温泉施設でアルバイトをしていた。その施設は、宿泊のための客室が併設されていて、ぼくの仕事内容は施設管理という名目で、使用後の客室のベッドメイキングなどの清掃、温泉エリアの脱衣所や浴室の清掃が主だった。
 繁盛していたのでいつも忙しかった。日によって温泉エリアもしくは客室エリアの担当が分かれるのだが、客室エリア担当の日は、ほとんどの客室がその日に宿泊予約が入っているので、チェックアウトされてから終業時間までにすべての客室の清掃を必ず終わらせる必要があり、ずっと追われている感覚に陥るのがぼくにとっては心の負担だった。

 客室担当の日だったある日、馬が合わない人と同じフロアに割り振られた。例のごとく、その日も客室の予約は満室。終業時間までにすべての客室の清掃を終わらせなければならなかった。その清掃の指揮を任されていたぼくは、最初から最後までずっと焦っていた。
 何とか清掃は終わらせることができた。だけど、焦っていて余裕が無かったぼくは、同じフロア担当の人たちを気にかける余裕は無かった。そんなとき、馬が合わない人から「そんな焦っても仕方ないよ~」と軽く言われた。その言葉に対し、ぼくは思わずため息をついてしまった。
 ぼくだって、できれば焦りたくないし、焦らずに丁寧に仕事をしたい。それでも、焦らないとどうしようもないくらいやることがたくさんあったのだ。心の中でそう独り言を吐いたあと、ため息をついた。
 「ため息をつくと幸せが逃げるよ~~~」
 当時のぼくは余裕が無かった。そう言われて、これ以上、会話を続けるとどうにかなってしまいそうだとおもったぼくは、愛想笑いをしてその会話を終えた。
 終業時間になり、終礼をして更衣室に向かう。「ため息つくと幸せが逃げるよ~~~」が頭の中でリピートされている。あぁもう!と頭の中で爆発しかけたとき、手に意識がいかず、持っていた水筒を落とした。その水筒はステンレス製なこともあり、工事現場でアルミパイプが落ちたときのような甲高い音を上げた。その音で我に返り水筒を拾うと、水筒の底の一部が変形していて、置き方を工夫しないと傾いて倒れてしまうようになった。

 幸せが逃げた。当時は単に落胆するだけで、水筒が難なく置けるという幸せが逃げていることに気付けなかった。ため息で幸せが逃げることなんてないと思っていたけど、幸せにあたることが当時のぼくのなかでは狭かったのだ。あの人の言うとおり、たしかに幸せは逃げていた。
 今回は水筒が犠牲になったけど、ため息をつき続けたら、周りの人が離れていってしまうこともあるんじゃないか。ため息をつくという行為は周りにネガティブな空気を漂わせる可能性がある。そして、周りには似た人が集まる印象がある。周りに居続けてくれる人にネガティブな雰囲気が伝染して、その雰囲気に耐えることができない人は離れていく。

 ため息は時に影響力のあるものになる。風力によって、逃げる幸せの大きさも比例する。でも、風力が弱かったら影響がないのかというとそうでもない。きっと、ぼくの水筒のように後から気付くことになる。

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