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黒進部調査隊

もしも遠い未来がこんな世界だったら…短編小説、ファンタジー、魔法なし、ゲームっぽい、登場人物は普通の人間です。約9700字。


日本の夏、昼間の平均気温は55度前後。夜間は5〜10度。
毎日のように降る豪雨で草木や畑は流され、大地のほとんどが砂漠化してしまった。土壌はマイクロプラスチックで汚染された為、肉や野菜は人工的に工場で作られている。

石油やアルコールは気温上昇で取り扱いが難しくなり法律で使用できなくなった。エネルギーで頼りになるのは電気のみ。その電力は火力発電によってつくられている。原料は黒青炭と呼ばれる二酸化炭素が発生しない石炭。黒青炭はわずかな量で長時間燃え続ける。地中深く眠るその貴重な石炭を採掘する権利は国にある。

この物語はそんな世界で働く私の日常。


「レベル3の雨が来るぞー!みな家に避難しろー!」

夕方、近所に住む消防団のおじさんが砂漠で遊んでいた私たちに知らせに来た。周りにいた子供たちはみな石垣の上に立つ、自分の家へ帰っていく。
ユウトはマナカが投げたフリスビーをキャッチして、空と風を確認した。

「僕らも早く帰ろう」

「うん」

マナカは地面に置いたリュックを開いて飼っている猫を呼んだ。

「タマ帰るよ!起きてこの中へ入って。」

岩陰で眠っていた三毛猫タマは「ニャー」と答えると走ってマナカのリュックに入った。リュックの隙間から顔を出すタマ。

マナカとユウトは石垣の階段を10段ほど登り誰もいない家に帰った。家は平屋で強風に耐えられるように頑丈なコンクリートでできている。マナカは事務所になっているリビングの窓から外を眺めた。遠くから黒い雨雲が近づいてきた。

「ユウト見て。今日の雲は一段と黒いよ。」

マナカはタマの背中を撫でながらコンクリートの窓枠に座っていた。窓から見える景色は砂漠と地平線、そして雨雲。ルービックキューブをしていたユウトがマナカに近づいて、窓の外を見た。

「ん?入道雲はいつも黒いけど…あぁ、今日のは厚い雲だね。」

10分後、雨が降りはじめた。最初はパラパラっと。そのうちザァーっとシャワーのように降って、次に強風が混ざりグォーという音に変わった。辺りは真っ暗になり紫色の雷が龍のように雲を横切る。それから雨のカーテンが何重にも重なってぐんと気温が下がる。部屋の中にいても激しい雨音で声を張らないと会話ができない。

マナカはマグカップ2つに暖かい紅茶を入れた。1つをソファーに座っているユウトに渡す。

「ありがと。」

「レベル3って一週間ぶりだね。」

「だね。最近、レベル3ばっかり。雨量最大のレベル5は2年以上来てないな。」

一時間後、急に静かになり雨はやんだ。徐々に空が明るくなり、雲の隙間から光が差してくる。窓から見える景色は一変、砂漠が湖になっていた。雨を吸収できなくなった砂漠が大きな水たまりを作り浅い湖のように見えるのだ。透明度の高いキラキラ光るアクアブルーの水面がどこまでも続いていた。

「自然ってすっごいなぁ、雨は怖いけど湖は綺麗だよね…」

マナカは夕日に照らされている湖をうっとりと眺めた。タマはマナカの肩に乗って頭をほっぺたに押し付けて喉をゴロゴロ鳴らしている。


マナカとユウトは現在17歳。13歳から3年間、同じ学校で訓練を受けてきた。砂漠で黒青炭を見つける訓練を。学校を卒業すると親元から離れ、全国に1000箇所以上ある国が管理する住宅で暮らし、一年間実践訓練。その後ようやく国の黒青炭発掘推進部(黒進部)調査隊に配属される。国家公務員だ。

マナカとユウトはこの家で暮らし、共に実践訓練を受け合格したばかり。今は実践訓練をサポートしてくれた先輩とチームを組んで仕事をしている。その先輩はただ今外出中。五つ年上のリュージは黒青炭調査を何度も経験している、優秀な人材らしいが…。

「あそこでずぶ濡れになってるのリュージさんだよね?」

別の窓から外を見ていたユウトが淡々と言った。
マナカはタマを肩から降ろすと窓を開けて下を覗き込んだ。
リュージは膝下まである水の抵抗を受けながらゆっくり歩いていた。

「ホントだっ!リュージさんだ!」

マナカはバスタオルを持って玄関のドアを開け、ずぶ濡れになったリュージが来るのを待った。
リュージは石垣の階段を登って玄関前に到着すると、白の長袖シャツを脱いでギュッと絞った。濡れた栗色の髪、同じ色の切れ長の目、街を歩けば声を掛けられそうな容姿。

「リュージさんなにやってるんですか?!さっきレベル3の雨が接近したんですよ、外にいちゃダメじゃないですか!」

「あぁ、知ってる。昼寝してたら雨が降ってきて、雷で感電しそうになった。」

「当たり前じゃないですかっ!気をつけてくださいよ!」

マナカはリュージにタオルを渡した。

「近くの廃墟で雨宿りしてた…うぅ寒い…」

ユウトも玄関へやってきて笑っている。

「あはははは、リュージさんやらかしてる」


リュージは部屋に入ると熱いシャワーを浴びて暖かい部屋着に着替えた。そして濡れた髪をそのままに事務所のデスクに座りパソコンをいじる。

「黒進部からメールが入ってる。上空からのエコー写真と地図が送られてきた。300km先に黒青炭の反応があるってよ。」

リュージは画像をプリントアウトしてダイニングテーブルの上に置いた。
マナカはエコー写真を見た。砂漠は緑色、黒青炭があれば赤色に表示される。

「ぼんやりと少し赤くなってる…黒青炭なのかな?」

ユウトはマナカからエコー写真を受け取って確認する。

「黒青炭か…他の鉱物か…微妙なところだな。リュージさん地図を見せてください。」

リュージはユウトに地図を渡した。

「ここって。南西のナガアケ海の近くだ。」

「正解。準備しろよー。」

リュージは立ち上がると自分の部屋へ戻り白い作業着に着替えた。

夜21時、湖の水位はくるぶしの高さまで下がっていた。リュージたちは必要な荷物を4WDの車に詰め込んだ。テント、寝袋、携帯食料、水、着替え、調査用の機材。マナカとユウトは夜の寒さに耐えられるように作業着の上からダウンを羽織った。二人は車の後部座席に座る。

マナカはセミロングの茶髪を後ろで一つに結んだ。

「タマ、私の膝の上に来て。リュージさん準備OKです。」

タマが肩から膝に降りると、マナカはカチッとシートベルトを閉めた。
リュージは運転席のスタートボタンを押して自動運転システムを起動しネットに繋げた。黒進部から送られてきた地図をダウンロードする。カーナビから女性の声で音声が聞こえた。

「目的地設定できました。平均時速40キロで約8時間後に到着予定です。これより自動運転で発進します。」

リュージは暗闇でも昼間のように明るく見えるゴーグルを装着した。そして後部座席にいる二人に言った。

「おまえらしばらく寝とけよー。なにかあったら起こすから。」

「わかりました。僕、戦闘に備えて先に寝ます。」

ユウトはサラサラの黒髪を抑えるようにキャップを深くかぶり目を閉じた。

「私は一時避難場所を確認してから寝ます。」

マナカはノートパソコンを開いて地図を確認した。
一時避難場所というのは突然の豪雨が訪れ水位が上昇したとき、車や人が避難できる石垣でできた高台のことだ。砂漠のあちこちに点在している。高台の地面には地下へ続く扉があって、簡易型のシェルターもある。

車は砂漠の中をゆっくりと走った。町の周りは比較的平坦だが一時間走ると、砂山が巨大な海の波のように上下している地域に入った。車も同じように上下するし、ときどき岩に乗り上げてバウンドする。激しい揺れで最初は一睡もできなかったが、慣れてくるとどんなに揺れても爆睡できるようになった。
移動は基本夜だ。昼間は55度の大気と直射日光に照らされる灼熱地獄。万が一、車にトラブルが起きてしまったら想像を絶する炎天下の中でレスキューを待つことになるからだ。



「二人とも起きてくれ。」

マナカとユウトはリュージの声で目覚めた。ユウトは腕時計で時刻を確認する。

「えっと…夜中の1時だ」

マナカは目を擦りながら車の窓から周辺を確認した。真っ暗で何も見えなかった。ゴーグルを装着して再び見ると、夜行性の虫が平坦な砂上のあちこちでカサカサ動いている。中には体長10㎝くらいのサクラアリがエサを探して地面を歩いていた。よく見る光景だった。

「リュージさんなにかありました?」

「ムツゴロウの縄張りに入った。砂地にアイツの胸ビレの跡が無数に残ってる。」

「ムツゴロウって資料でしか見たことない…。」

「このまま進んだらムツゴロウに車をひっくり返されて終わりだ。」

リュージは車を止めると運転席から外に出た。

「さ、寒!」

二の腕を両手でさすり、ポケットから手袋を出してはめる。外の気温はおそらく5℃以下。
トランクのボックスからボーガンを取り出して、矢の入った収納ケースをボーガンへ、予備のケースをベルトに装着した。ユウトも同じようにボーガンを準備してゴーグルを装着する。ボーガンの矢は獲物に刺さると電気を発して動きを止める効果がある。マナカは遠距離用のボーガンを手に持った。

「お前らムツゴロウと初対面だったよな。一応説明しとくけど、ムツゴロウは目の前で動くものがあればなんでも襲う。口を開けて対象物を砂ごと飲み込む。口を大きく開けたらすぐに逃げろ。体長は15mから20m。弱点は突き出た目だ。」

マナカは矢を装着しながらリュージに質問した。

「リュージさんムツゴロウって昔、人間より小さな魚だったって本当ですか?」

「らしいな。干潟跡から骨の化石が見つかってる。」

「どうして大きく進化したんですかね」

「さあな。餌が多いとデカくなるんだろ。」

ユウトが気配を感じて、かぶっているキャップのズレを直した。

「リュージさん来ました」

「俺とユウトが動きまわってムツゴロウを引きつけるから、マナカはひたすら目を狙え」

「わかりました。」

20m先の砂山から月光に照らされた巨大な黒い影が現れた。移動時の音はほぼなかった。胸ビレを使って砂漠の上を這うように移動しているからだ。リュージとユウトは車から離れて同じ方向へ走った。ムツゴロウはギョロっとした目で二人を見ると胸ビレを使いながら尾を左右に動かしスピードを上げ前進した。

「追いかけてきました!」

「そのまま走れ!車が巻き込まれない距離まで走るぞ!」

比較的平坦な場所までくるとリュージは振り返ってボーガンを構えた。ムツゴロウは急に止まって口を開け全身に力を入れた。そして次の瞬間大きく口を開けながら高くジャンプして突進してきた。二人は別れるように避けて、リュージはムツゴロウの右へ、ユウトは左へ逃げた。ムツゴロウが着地するとドスンという地響きと共に頭上まで砂が舞い上がる。

「リュージさん飛ぶって聞いてませんよっ!」

「俺も忘れてた!」

ムツゴロウはユウトのいる方向へゴロンと横へ転がった。ヌルッとした粘液が飛び散る。

「うわぁぁーーキモ!こっちへ来た!転がった!転がりましたよっ、リュージさん!」

「悪いそれも言い忘れた!」

「リュージさんっ!」

マナカは遠くから遠距離用ボーガンの照準を合わせていた。

「いつも冷静なユウトがなんか叫んでる…めずらしい。」

ムツゴロウは走り回るユウトを追って砂地の上を這っている。
リュージはムツゴロウの背中に向かってボウガンの矢を連続して発射した。だが鱗の上のヌルヌルした粘膜が盾となり、矢は鱗の表面をかすめただけだった。ムツゴロウは方向を変えリュージを見ると、体に力を入れる。

「やべ、こっちへ来る!」

ムツゴロウが口をグワッと開けてジャンプした。リュージは後方へ走り左の砂山へ飛び込んでギリギリ避けることができた。ユウトがムツゴロウの後ろからボーガンを連射する。やはり矢は刺さらない。

その頃、マナカは慎重にムツゴロウの目を狙っていた。

「体の色と目の色が同じだからわかりにくい。」

ムツゴロウはジャンプする前、口を開き一瞬動きが止まる。マナカはその瞬間を待っていた。
ユウトが連射している間にリュージは砂山から出て体制を立て直した。ムツゴロウはゴロンと転がって方向を変えるとユウトに向けて口を開けた。
マナカは見逃さなかった。瞬時に矢を発射した。左目に命中。ムツゴロウは痛みで尾を左右に動かして暴れた。リュージは尾で弾かれないように接近し、至近距離でムツゴロウの腹に向かってボーガンを発射した。粘膜を貫通して刺さった。

「ユウト、接近して腹を狙え!」

「わかりました!」

ユウトは走って接近すると矢を連射した。矢の電気で痺れたムツゴロウは徐々に動きが鈍くなった。リュージは更に近寄ってエラの間に矢を放つ。するとムツゴロウはピタっと静かになった。リュージはムツゴロウの体に向かって石を投げ、動かないことを確認するとマナカとユウトを側に呼んだ。

「おつかれさん。ムツゴロウはこのまま放置すれば雑食のサクラアリが来て骨になる。」

「はぁ、はぁ、でかい…僕ヌルヌルは嫌です」

ユウトは息を切らしながら帽子を脱いで額の汗を拭った。リュージは身体中の砂を払いながら言った。

「今までは昆虫が多かったが、海が近いとこんな感じの生物がゴロゴロいる。」

「まじですか…。」

露骨に嫌な顔をするユウト。
マナカははじめて見るムツゴロウをまじまじと観察した。

「リュージさん、ムツゴロウって普段なにを食べてるんですか?」

「砂の中のプラスチック」

「プラスチック?あんなものが餌になるんだ」

「食うものがそれしかないと胃袋が進化するんだろうな。進化できないのは人間だけだ。近くの一時避難場所調べてくれ。一旦休もう。」

「わかりました。」

車で一時避難所まで移動し、高台の上でポップアップテントを張ってセンサーをONにする。これで半径25m以内に危険な生物が侵入すると警報が鳴る。夜空には無数の星が見えた。だが3人は星を観察するような余裕はなく、すぐに寝袋の中で爆睡した。

早朝、インスタントラーメンを食べたあと再び移動。昼前、黒青炭の反応があった場所へ辿りついた。3人は車の外へ出ると熱風から体を守るため、熱遮断効果のあるフードつきの白いつなぎ服を着た。マナカは髪を結びなおしフードをかぶる。

「あつい…タマは車の中にいて。」

「ニャ」

リュージはGPSを片手に歩きながら、黒青炭の反応が一番強かった場所を調べた。

「ここら辺のはず。ユウト、調査機材持ってきてくれ」

「はい」

ユウトは円錐形の長さ50センチのドリルを両手で持ち抱え、柔らかい砂地に刺した。リュージはドリルの小さな画面に30mと入力して設定、スタートボタンを押した。ドリルから音声が聞こえた。

「これより地下30m付近を調査します。本機が30m地点に到着するまでおよそ10分かかります。到着後エコーを撮影してデータを送信します。その後、本機が地表に戻るまで約15分です。掘削作業中は危険です。三メートル以上離れた場所に移動してください。」

音声が終了したあとドリルは自動で高速回転し、砂地の中へ姿を消した。3人は冷房の効いた車内に戻りお湯を注ぐだけのインスタントカレーを食べた。ユウトはカレーを食べながらリュージに質問した。

「リュージさん、最近、黒青炭を狙う盗賊がいるらしいですね」

「昔からいるけどな。黒青炭の産出量が減って価格が年々上がってる。盗賊も比例して増えてる。つい最近も採掘した黒青炭をトラックで運んでたら盗賊に襲われたらしい。」

「盗まれた黒青炭は誰が買ってるんですかね?一般人が扱える石炭じゃないですよ。」

「裕福などっかの国が買い取ってるんだろ。そのうち貧乏な国は電気も使えなくなる。」

マナカはタマの背中を撫でながら言った。

「リュージさんは私たちとチームを組む前、どんな人とお仕事してたんですか?」

「俺より三つ上の先輩と中年のおっさん。先輩は辞めて、おっさんは体力がもたなくて黒進部のデータ管理やってる。」

「危険な仕事ですもんね…私も歳をとったらデータ管理に異動になんのかな」

外からピーピーっと機械音がしてマナカは外を見た。調査を終えたドリルの先端が地表から顔を出した。

「リュージさんドリルが帰ってきました。」

リュージはノートパソコンを開いてドリルが送ってきた調査結果を見た。

「黒青炭がある確率85%」

「やった!今日は当たりでしたね!」

マナカはパッと笑顔になった。

「このデータを黒進部へ送ったら調査完了だ。おつかれさん。ドリルの冷却装置が作動して熱がとれたら回収して帰ろう」

「はい。」


昼過ぎ、ユウトはドリルを回収して車のトランクに入れた。昼間の移動は危険なため夕方までその場で待機することになった。マナカは読書、ユウトはルービックキューブ、リュージは運転席で昼寝、それぞれ車の中で自由に過ごしていた。すると少し離れた場所を黒進部の大型トラックが通った。荷台には黒青炭が大量に積んであった。

ユウトはトラックを眺める。

「黒進部のトラックが昼間に移動するなんて、めずらしいな」

リュージはユウトの声で飛び起きた。トラックを確認すると車のエンジンをかけた。

「シートベルトを閉めろ!あのトラックを追う!マナカ、黒進部に電話で連絡しろ。輸送トラックが盗まれた!」

「は、はい!」

リュージは急発進してトラックの後を追った。
マナカは腕時計の画面を切り替えて通信モードにし黒進部に連絡した。繋がるとすぐに現在地と状況を伝えた。黒進部の通信担当が言った。

「今トラックを探してたところなんだ。そこから20km先の採掘場でトラックが一台、行方不明になっている。たぶん君たちが追っているそれだ。」

トラックはまだ追われてることに気づいていないようだった。リュージの車は徐々に距離を縮めていた。ユウトはキャップを被った。

「リュージさん僕たちが追ってること、そろそろ気付かれますよ」

「わかってる。マナカ、遠距離用のボーガンでトラックのタイヤを狙ってくれ」

「わかりました」

「ユウトもボーガンの準備。相手は人間だからな。捕獲用の矢を準備しろ。矢の先端に接着剤がついてるヤツ、わかるか?」

「シリコン製の先端が赤いヤツですね、OKです」

マナカは車の窓を開け、半分身を乗り出してトラックのタイヤに照準を合わせて矢を発射した。矢は命中しタイヤは空気を失って、トラックは左右のバランスを崩してスピードが落ちた。車とトラックの距離が少し縮まった。トラックの助手席の窓が開く。黒いマスクをした男がこちらに向かってボーガンを構えた。ユウトは窓から身を乗り出しているマナカの体を自分の方へ強く引っ張って抱きしめた。その瞬間、ボーガンの矢が窓の外、すれすれを通過する。

「マナカは床に伏せて!僕がやる!」

「でも!」

「遠距離のボーガンじゃ連射できないし、構えてる間に撃たれてしまう。」

ユウトはボーガンの矢を鋭利なチタン製のものに変えた。窓から身を乗り出し、もう一つのタイヤを狙う。トラックの男はユウトを狙って連射した。ユウトは窓から離れて伏せる。ときどき車のボディに当たってゴンという重い音がした。ユウトがタイミングを見てもう一度タイヤを狙うが男はそれをさせない。すぐに連射してくる。

「あの男、交戦に慣れてる…」

トラックが突然急停止した。ドアが開くと男二人が飛び出して岩がゴロゴロ転がっている方向へ走った。車は入れない。男たちが走る前方に大きな岩があり、岩の向こうには別の車の影があった。リュージはトラックの後ろに車を停車した。
マナカは車の中からボーガンで男を狙い発射した。捕獲用の赤い矢が男の背中に命中。矢は弾けて接着剤が蜘蛛の巣のように広がって男の体を一瞬で固めた。男は足がもつれてその場に倒れた。もう一人の男も狙おうとしたが、車に乗って急発進した。

「くっそ逃すかっ!」

ユウトは車から飛び出して走ろうとしたが、車が猛スピードで小さくなっていくのを見て諦めた。

「ユウト、深追いはするなよ。」

リュージは車を降りて倒れている男の元へ行った。
ユウトは車に戻りマナカに声をかける。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫…砂漠の生物より人間のほうが怖いね」


「よ、リュージ久しぶり」

黒進部の制服を着た40代くらいの男がリュージに手を振った。

「おっさん、元気?」

「おっさん言うな、部長だろ。上司を敬え。」

マナカはユウトに小声で言った。

「一緒にチームを組んでたおっさんって小浜部長のことだったんだ」

「小浜部長って黒進部のトップだよ、おっさんって…」

盗賊に盗まれたトラックの周りには黒進部の警備部隊の車が5台停めてあった。ぞろぞろとがたいのいい黄色いつなぎ服を着た男たちが出てきて、トラックの周りを調べている。

「ありがとな。お前のおかげで黒青炭盗まれずにすんだ。火力発電所のエネルギー省のやつらにネチネチ言われずにすむ。」

「おっさん、捕まえた男はなにか言ってた?」

「金で知らない男に雇われたってさ。逃げた男も同様らしい。逃げた男の特徴は黒髪、20代、身長180センチくらい、名前は不明。」

「俺、知ってるよ」

「おいおい、マジか。知り合いか?」

「ああ、おっさんも知ってるよ、黒青炭に詳しいヤツだよ」

「冗談だろ?」

「冗談だったらいいんだけどな…」

「セイジか?」

「そうだよ」

「アイツか…まさかまた…」

「俺もまさかと思ったが、一緒に生活してたからな。後ろ姿ですぐにわかった。」

「元同僚か…。あとはこっちで調べる。お前らは帰っていいぞ」

「じゃあな、おっさん」

「部長だ」


夕方、帰りの車の中でマナカはリュージに質問した。

「リュージさん、聞いてもいいですか?セイジってもしかして、前にチームを組んでいた仲間ですか?」

「そう。セイジは黒青炭を横流しして警備部隊に捕まる前に行方不明になった。過去にも横流しで何人か捕まってる。たぶん裏に大きな流通経路があるんだろうな。何年も前から警備部隊が調査してるが今だに正体が掴めない。」

「黒青炭を横領しなくても生活できるだけのお給料もらってるのに…なんで?」

「給料だけじゃ満足できないんだろ。目標のない人間は退屈なんだよ。」

ユウトはルービックキューブをいじりながらボソッと言った。

「流通経路気になるな…」

「ユウト、今日のことは忘れろ、関わると危険だ。それとこのことは口外するなよ。」

「はい。」

マナカは後部座席でユウトに聞いた。

「トラックからボーガン打ってた人がセイジだよね?」

「だと思う」

「元黒進部の人ならボーガンの扱いに慣れているはずなのに、妙にヘタだったと思わない?」

「僕もそう思う。わざと外してる感じがした。元黒進部が本気で狙ったら僕らの車は一発でパンクする。あの距離から外すことはないと思う。」

「どういうことなんだろう…リュージさんが乗ってたから外したのかな」

「そうかもな。さすがに元同僚を撃てなかったんだろ。タイヤがパンクして万が一横転すれば、炎天下でレスキューを待つことになる。そのリスクを知ってるから。」

「ずっと一緒に戦ってきた人が敵になるって辛いよね…。」

ユウトは自分のキャップをとってマナカにかぶせた。

「考え過ぎるなよ、眠れなくなるから」

「そうだね」

「ニャ〜ニャ〜」

タマがマナカの足元で体を擦り寄せて甘えている。

「そろそろタマの夕食の時間だ」

マナカは座席後ろの箱からキャットフードが入った缶を取り出して蓋を開け床に置いた。

「ニャ」

タマは嬉しそうに魚肉風人工肉が入ったご飯を食べた。
太陽が砂漠の中へ完全に沈むと辺りは薄暗くなり気温がどんどん下がってきた。リュージはゴーグルを装着して運転席から声を掛けた。

「マナカ、一時避難所を調べてくれ。そろそろ飯食うぞ。」

「わかりました」





※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

ゲームっぽいファンタジーって設定が大変だなぁと思いながら書きました。また気が向いたら続編書くかもしれません。ここまでお読みくださりありがとうございました。