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タイ語と日本語の語彙の違いーイカとタコは区別しない?ー

「いか焼きとたこ焼きとたい焼きは全くの別物」

 この三つ、なにげなく使い分けている食べ物の名前ですが、改めて考えてみると複雑です。
いかを焼いたもの、たこを入れて焼いたもの、たいの形に焼いたもの、これらの異なる意味が同じ「焼き」の一言で表現されているわけですから。

 さらにタイのひとにとってはもう一つ混乱しやすい部分があります。それは「イカ」と「タコ」の区別。
イカはプラームック(ปลาหมึก plaa muk)と呼ばれ、
タコはプラームックヤック(ปลาหมึกยักษ์ plaa muk yak)と呼ばれます。
つまりタコはイカの一種類と認識されおり、イカと同じに単にプラームックと言うこともあります。
日本の料理ではイカとタコは別物なので、なんとなく変な感じがしてしまいますが、調理法などに大きな違いがない食文化であれば、特に区別にこだわることもないというわけです。タイのほかにも、タコを食べる習慣がなかった北欧などにも、タコとイカの区別があいまいな国が存在しますし、逆に魚介がよく食べられる地中海沿岸の地域では、種類によってイカを呼び分ける国があります。


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寺院境内のヤック像。ヤックはバラモン教、仏教の「夜叉」で、神の一種と捉えられることもありますが、「鬼」や「ばけもの」的な存在と捉えられることもあります。タイ語でタコは「プラームックヤック」つまり、「鬼イカ」。あまり食べたくなるネーミングではないので、あえてイカと区別せずにまとめて「プラームック」と呼ぶというのもあるかもしれません。

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イカとタコの区別との対比としてあげられるのは、「カエル」かもしれません。辞書的にはカエルはタイ語でゴップ(kop)といいますが、これは主にアマガエルのことで、ヒキガエルやガマガエルはカーンコック(Khannkhok)と呼ばれ、別の生き物と認識されます(英語でのFrogとToadとほぼ同じです)。ほかにもキアット(khiat)、ウグアーング(ɯunganng)というように、種によって固有の名前がつけられており、すべてカエルの下位分類として「○○カエル」と呼ぶ日本語とは異なります。カエルの種の細分化が、食用になるカエルとそうでないカエルの区別を明確にしているのです。

タイ語はバナナにまつわる語彙が豊か 

モノの名詞や概念は、時に外国語に翻訳するのが困難な固有の文化を背景とした言葉があり興味深いものです。逆に日本語と比べてタイ語のほうが分類が細かいものに、「バナナ」があります。

バナナはタイ人にとって、赤ん坊の離乳食になり、病人の滋養食、ビタミン剤になり、儀礼の供物になるもので、非常に身近で重要な果物です。
日本で食べられているバナナはほとんどが輸入品で、産地を確認することはあれ、品種を意識することはほとんどありません。
しかし、タイではバナナは100種類以上の品種に分類されています。食べ方も、生で食べるだけでなく、揚げる、焼く、煮る、実にさまざまな調理法があります。薄く切ったり、衣をつけたりして揚げる、皮のまま、または皮をむいて炙り焼く、ココナツミルクで煮る、もち米などと一緒に蒸す、などなど。

そして、それぞれの料理に適したバナナの品種、熟し加減があります。
バナナはタイ語で、クルアイ(กล้วย kluay)といいますが、クルアイダイ(กล้วยใต้ kluay dai )つまり南部バナナ、クルアイカイ(กล้วยไข่kluay khai)すなわち卵バナナなど、品種が区別されて売り買いされています。
地域によっても異なりますが、常に全国的に市場に出回っているものだけでも四、五種類はあります。日本のスーパーで「バナナ」と一括りにして売り場に並んでいるバナナも、タイ人からみるとクレープやケーキなどお菓子向きの香りバナナ、「クルアイホーム(กล้วยหอม kluay hoom)」の一種と認識されます。

また、タイでは植物のバナナは果実だけではなく、花、幹、葉なども活用されています。花は食用、幹からは繊維をとって紐などにも使われ、葉は食べ物を包んで調理したり、料理の器に使われるほか、冠婚葬祭時の儀礼の装飾にも欠かせないものです。
名称も、バナナの翻訳される「クルアイ」は実はバナナの果実にのみ使われる言葉で、花の蕾はフアプリー(หัวปลี hua plii)、茎の芯の部分はユア(yuak)、茎の皮部はカープ(กาบ kaap)、葉はバイトーン(ใบตอง bai toong)というように、他の植物とは異なる特別な名称があります。バナナは果実、それもほとんど輸入物しか見たことのない日本人にはまずない語彙感覚です。

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儀礼時のバナナの葉の使用例。折り紙のように折ったり、巻いたりして、器にしたり、花と一緒に装飾したりします

竜と象?

そのほかに、タイにあって日本にない語彙は、象にまつわる言葉でしょうか。
象は古くからタイの人々の生活に深く関わっている生き物で、人々に親しまれています。タイの観光地の象たちは、長い鼻の先で器用に餌を掴んだり、絵筆をとって絵を描いたりといった様々な芸を披露していますが、象の鼻はタイ語でグアン(nguang)と呼ばれ、他の動物の鼻を示すジャムーク(camuuk)という言葉とは区別されています。象牙も他の動物の歯とは異なる特別な呼び方があり、ンガァー(ngaa)と呼ばれます。
 象にまつわる語彙は有名な童謡にもなっていて、タイの人は誰もが知っています。歌の歌詞は、日本語に訳すと、以下のような意味になります。

〽象、象、象
きみは象を見たことはある?
象は体が大きく重い
長い鼻はグアンと呼ぶよ
その下にはえた2本の牙はンガァーと呼ぶよ
耳、目、長い尻尾ももっているよ

象のもつ鼻と牙が特別な言葉で示されることと共に、耳、目、尻尾は他の動物と同じということもまとめられていて、わかりやすい歌詞ですね。
 余談ですが、タイ語では竜巻のことをパーユグアンチャーン(phaayu nguang chaang)と呼び、直訳すると「象の鼻嵐」という意味になります。確かに、日本では天にのぼる竜の姿にたとえられる竜巻も、「象の鼻」といわれればそのように見えてきます。

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 何気なく使っている言葉にも、このように実は文化と結びついた特有な語彙があり、背景を探っていくと面白いものです。冒頭であげた紛らわしい食べ物の「たい焼き」も、なぜ鯛の形になったのか、といった由来を探っていくと、やはり日本の食文化や江戸の言葉遊びの文化と関係してきます。そしてさらにその食文化が日本からタイに輸入され、タイの屋台で売られているところに日本人が遭遇するという特殊な場面になると、魚の鯛とタイ王国のダジャレになってしまったり、つたないひらがなの「こ」と「い」の区別の難しさから「た「たこやき」と区別がつかなくなったりして、大変紛らわしく、しかしなんだか楽しいものになってしまうという、ある意味不思議な名前となっています。

2017年10月
 

※この記事は日・タイ経済協力協会2017年10月発行『日・タイパートナーシップ  第156号』, pp39-41,に掲載されたものを、発行元の許可を得た上で著作者が一部修正して再掲載したものです。



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