#135 パラダイムシフト・スクラップ(2)
<桜子>
「それじゃ行ってくる」
不愛想に岩男が言った。
「お気をつけて」
桜子はいつものようにやさしい口調で岩男を送り出した。
岩男は町内の理事をしていて月に何度か近くの公民館で会合があった。この地域では持ち回りで理事をやるようになっている。桜子の家では普段、晩御飯を18時に食べる。
夫は毎日のように晩酌をするのだが、会合のある日は夫は晩酌は控えている。酔いが酷くなると会合どころではなくなるのもあるが、会合の後は町内の役員と共に打ち上げがあり、そこで酒が入るためだ。
岩男の姿が見えなくなると玄関の引き戸を締めて家に入った。
丁度その時にポケットに入っているスマホの通知音がなった。画面のロックを開き通知内容を確認した。
[今、大丈夫?]
「明美からね」
僅かに微笑んだ。高校からの友人で同じ町内に住んでいる高身長の女性だった。互いのスケジュールはあらかた把握しているので、旦那のいない時間を見計らってメールをしてきたのだった。
彼女は今も独身で東京のアパレル企業に勤めている。時間の会うときにお茶をしている中でもあった。また、桜子にとって数少ない息抜きを与えてくれる存在でもあった。
【大丈夫よ】
桜子は返信した。すると3秒を待たず返信が来る。
[今日ってあれの日でしょ。今からお茶しない?]
【いいわよ】
毎回会合の日は夫の帰りは遅い。午前になることも頻繁にあるので、桜子は岩男が会合の日は息抜きデーとなっていた。そのため、会合のある日は食事も簡単に済ませ外出をする準備を済ませてある。
[それじゃ迎えにいくね]
【よろしくー】
十数分後。家の前に真っ赤なRV車が止まった。
明美は桜子を乗せていつものイタリアンレストランに向かった。郊外の坂道を上った丘の上に店はあった。白塗りの外壁が特徴の近所でも評判の店だ。
二人は、店に入ると窓際の席に案内された。メニューに一通り目を通すと、近くにいるウエイトレスに注文をした。ウエイトレスは注文を受けると厨房の方へと消えていった。
「桜子なんか疲れてる?」
明美の第一声はそれだった。
「そんなことないよ」
桜子は一瞬ドキッとしたのだが平静を装ってそう言った。
昔から明美は勘の鋭い子だった。高校時代に、岩男と交際し始めた時も、誰にも気づかなかいように振舞っていたのに、付き合って二日目には明美には気づかれてしまった。彼女が言うには人の背後に煙のような色のついたオーラが見えるのだという。背後のその色によって相手の状態が何となくわかるのだそうだ。
ウエイトレスが料理を運んできた。
「こちらが本日のアンティパストのプロシュットと三種のチーズになります」
イタリア産プロシュットと、モッツァレラチーズ・ペコリーノ・ナチュラルチーズにクルミの入りのパンが添えられていた。
二人はチーズ食べながらグラスワインで乾杯した。
「このくそったれな世界に祝福を」
明美はグラスワインを持ち上げそういった。彼女たちのいつもの合言葉でもあった。
つづく
最後まで読んでいただきありがとうございます。この物語は毎週金曜日に更新していきます。気になる方は、継続して読んでいただけると嬉しいです。
みれのスクラップさん画像を使用させていただきました。
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