#56 人のカラダは機械仕掛けか?(1)

昨今、医学の進歩により治らないと思われていた病気も完治するようになり、人類の平均寿命は延び続けていますが、そこには人のカラダの構造がどのように動き機能しているかを突き止め、その仕組みを利用または遅延させることにより生命活動を人為的に書き換えが可能になったことによる。

デカルトは生命現象はすべての機械論的に説明可能だといいました。心臓はポンプ、血管はチューブ、筋肉と関節はベルトと滑車、肺はふいご。すべてのボディ・パーツの仕組みは機械のアナロジーとして理解できる。そして、運動は力学によって数学的に説明できると。

しかし、人は本当に機械仕掛けで動いているのだろうか。

ES細胞


その解のひとつにES細胞がある。ES細胞とは、エンブリオニック・ステム(セル)の略で、胚性幹細胞のことである。(ips細胞はES細胞と同質で、より簡単に胚以外の細胞から作りだせる)

受精卵はまもなくして分裂して二細胞となり、やがて四細胞になる。細胞分裂は続行され、受精卵はやがて中空ボール構造をとる。ボールの皮に当たる部分はいまや細かく分裂した細胞群で埋め尽くされている。このような段階を初期胚という。

初期胚の中で、それぞれの細胞は、その細胞核の中にゲノムDNAを保持している。これは受精卵が持っていたゲノムの正確なコピーである。

そのため、すべての細胞は同じ設計図を持っている。このとき、それぞれの細胞はどんな細胞にでもなりうる万能性を(多機能性)を持っている。

つまりこの時点ではこの細胞たちは、何かになることが決められておらず、何かになることを望んでいるわけでもない。この中の細胞が脳細胞になるかもしれないし、筋肉の細胞になったり心臓や肺の細胞になるかもしれない。

この分化はどのように決定づけられているのか。

それは、各細胞が周囲の細胞の各細胞の行動に応じて空気を読むように自らで分化の道を選ぶ。その情報のやりとりは、細胞表面の特殊なタンパク質を介して行われる。この情報交換によって、互いに他を律しながら分化の道を辿る。そうやって各細胞たちは専門的な細胞へと歩んでいくのだ。

ES細胞はどのようにして生まれたのだろうか。

エバンス博士は、受精卵が発生を開始してしばらく経ち、細胞分裂がかなり進行して、最初はひとつだった受精卵が何百個かの細胞の塊となったある時点で、細胞の塊を一つずつにばらして、シャーレの中で育ててみることにした。

シャーレの中には細胞が必要とする栄養素を含んだ温かい液体と酸素が用意された。使用された細胞の塊は、ネズミの子宮の中で受精卵が細胞分裂を繰り返ししてできた「胚」と呼ばれる、胎児の前段階であった。

胚の内部では、細胞は互いにコミュニケーションをとりながら、どの部分の細胞になるかの役割分担を決めていく。これを分化というが、細胞塊をばらばらにされてしまうと、細胞間で行われていたコミュニケーションができなくなってしまう。

そのため、相互作用を断たれた細胞は、分化をすることができなくなり、やがて死んでしまう。つまり、細胞間の情報のやりとりを失って孤立した細胞は死んでしまうのだ。

しかし、エバンス博士は胚を取り出すタイミングや、細胞塊を一つずつの細胞にばらす方法をできるだけ穏和に行うなど、いろいろな方法を試した。

その試行錯誤を繰り返すうちにシャーレの中で生きながらえる細胞を見つけ出しすことに成功した。その細胞は、周囲の細胞とのコミュニケーションを絶たれているので、自分が何になるべきかわからず途方にくれている。しかし、途方にくれながらも、何とか生きながらえ、かつ細胞分裂する能力も保持していた。

孤立してもなお生き続け、分裂の能力を維持している細胞こそES細胞なのである。

この「ES細胞を樹立した」功績によりマーチ・エバンス教授は、2007年のノーベル医学生理学賞を「ノックアウトマウス」を生み出したマリオ・カペッキ教授やオリバー・スミシーズ教授と共に共同受賞された。

ES細胞はもともと受精卵が分裂を繰り返し、ある程度、細胞数が増加した胞胚と呼ばれる状態から取り出された。そのため、そのまま胞胚の中に留まっていれば、細胞分化プログラムは進行し、皮膚や筋肉など専門細胞になっていたはずである。しかし、胞胚から切り離されたためにES細胞はプログラムが一時停止してしまった状態のまま生きている。

では、このES細胞を再び、胞胚の中に戻してあげるとどうなるだろうか。

もちろん、ES細胞を取り出した元の胞胚はすでに失われているので、別の胞胚を用意しなければならない。しかし、新たな胞胚に取り込んで受け入れられるのだろうか。

驚くべきことに新たな胞胚の内部に流し込まれたES細胞は、周囲の細胞と情報交換(コミュニケーション)を行い始めた。胞胚にとって「余分」なはずのES細胞は、うまく他の細胞と折り合いをつけ、全体の一員に溶け込むことができたのである。

こうして成長した細胞は、一匹の完全なマウスとなって生まれ出てきたのだ。

ES細胞は万能細胞と呼ばれている。しかし、ES細胞だけからは一つの個体は決してできない。一つの細胞から一つの個体を生み出せるのは受精卵だけなのだ。

そのため、真の万能細胞は受精卵しかない。ES細胞は全体を作ることはできないが、その一部となりうる。だから、正確には多機能性細胞と呼ばれる。

また、ES細胞と非常にそっくりな特徴をもつ細胞がある。

誰もが知っていて、それでいて好まれていない細胞。

その名をガン細胞という。

ガン細胞はいったん分化を果たして、生体内での自分の役割を持った細胞で、身体の一部としてその役割を全うしていた。ところが、偶然が重なって、分化の過程を逆戻りし、未分化段階に戻ってしまった。しかし、分裂と増殖をやめることがない。

このような暴走細胞が身体の様々な場所に散らばり、他の細胞の秩序を攪乱するのがガン細胞の正体だ。

わたしたちはガンを克服できていない。つまりガン細胞を意図的に正常な細胞に戻すことであったり、ガン細胞の抑止やどのようにして変異してしまうのかその仕組みすらも未確定だ。そのため、さらなる医学の進歩を待つことになる。

しかし、ES細胞を使うことで将来、機能不全になった臓器や皮膚を部品を、取り換えるように健康なものにすることができるかもしれない。そう考えれば、人の身体は機械仕掛けとかわらず、金属か細胞という材料の違いしかないように思えてくる。

はたしてそうなのだろうか・・・。

つづく



参考文献「動的平衡 福岡伸一著」

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no.56 2021.3.5




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