【書評】システム思考:サッカーに新たな視点を(ドネラ・H・メドウズ著,枝廣淳子訳『世界はシステムで動く:いま起きていることの本質を掴む考え方』英治出版,2015)

「還元主義」と「システム思考」
 複雑なサッカーをどう見るのか。これはサッカーを深く知ろうとすると必ずぶつかる壁です。初心者にサッカーの見方を教える時にも思いますが、サッカーは色々な角度から見ることができます。メッシのゴールやクルトワのセーブ、ピッチの芝の長さや建造物としてのスタジアムなど。しかしこれらは還元主義的な独立したものの見方で、私は不十分ではないかと思っています。そう思ったきっかけは、戸田さんの下述の意見に共感すると同時に、ではサッカーの全体像をどのように見れば良いのかと思ったことでした。

サッカーというスポーツはチームあってのもので、ひとりの選手に注目するだけでは、本当の魅力は伝えきれない。だから、僕はその質問〔注目選手をあげてください:引用者注〕には答えられないと今日まで一貫して伝えてきた。まずはチームの話をしたうえで、選手の名前を挙げることはできるが、チームと切り離した状態でひとりの選手の名前を挙げても、残念ながらサッカーを伝えることはできない。(引用元:戸田和幸(2018)『解説者の流儀』,pp.27-28)

 選手一人に注目するサッカーの見方は「還元主義的」で、複雑な事象を構成要素で分解して、その要素それぞれを分析することで、元の事象を理解しようとする考え方です。つまり選手それぞれを個別に分析していけば、サッカーの全体像が見えるという考え方によるものです。この考え方はデカルトが『方法序説』で示していた「機械論」に近いです。このような見方は事象を分かりやすくする一方で、分解することによって元の全体との関係が失われてしまうのが欠点です(デカルトは分解した後に統合をすることを目指していましたが、分解ばかりが強調されているのが現在の還元主義だと思います)。

物事を広い視野で見るために
 物事を局所的にではなく、大局的に見つめるためのシステム思考について書かれたのが今回紹介する『世界はシステムで動く:いま起きていることの本質を掴む考え方』で、原題は“Thinking in Systems: A Primer”です。
 研究者が書いた本なので読むのに少し気後れするかもしれませんが、中身は平易に書かれていて、一般の読者にわかりやすく伝えようとしている思いが伝わってきます。というのも、筆者であるドネラは、システムをよくするためには「情報をつなぐ」ことが大切だと考えているからで、実際研究者からジャーナリストに転身をして一般の人々に伝える活動をしていました。
 ドネラ(1941~2001)は化学と生物物理学をバックグラウンドに、社会や生態系などを複雑に絡みあった「システム」としてとらえて分析する「システム・ダイナミクス」という学問の研究者でした。主な著作には『成長の限界』(1972)や、日本でも話題になった『世界がもし100人の村だったら』(2001)の原案となったコラム「村の現状報告(State of the Village Report)」があります。
 
システムとは何か

システムとは、何かを達成するように一貫性を持って組織されている、相互につながっている一連の構成要素です。少しの間、この定義をじっと見てみると、「システムとは3種類のものからなっている」ことがわかります。「要素」と「相互のつながり」、そして「機能」または「目的」です。(p.32)

 ドネラのシステムの定義は上の通りです。要素を一貫性を持って組織することで、要素の総和以上のものを生み出すことができるのがシステムの特徴です。そのためシステムの一部を適当に足す、もしくは取り除くとすぐに組織(の一貫性)が崩れ、元のシステムの働きは失われます。
 物事をシステムで捉えることの背景には、次のような課題意識があります。自然や社会での様々な問題(温暖化や人口減少など)の解決において、多くのものが複雑につながり合っていて、その一部だけを取り出して考えていては解決はしないし、逆に新たな問題を生み出していることへの課題意識です。部分的な解決を目指して一部付け足すことがむしろ全体的には解決に向かっていない状況が生まれてしまうのは、システム的な見方ができていないということです。
 本書ではその一例として奄美大島のハブとマングースを挙げていて、これはハブを倒すためのマングースがほかのもっと弱い動物を餌にした結果、アマミノクロウサギが絶滅の危機に瀕することになった問題です。 つまりハブとマングースの一対一関係で問題を捉えてしまうと、より広い奄美大島の自然環境というシステム内で別な問題が生じてしまうのです 。そういった問題を適切に認識するための新たな視点を与えてくれる思考法が、システム思考です。

サッカーはシステム
 はじめに触れたように、サッカーにおいては一部を切り取った見方が、特にメディアでは主流のように感じます。しかしドネラによればサッカーもシステムです。

サッカーチームは、選手、コーチ、サッカー場、ボールなどの要素からなるシステムです。相互のつながりは、試合のルール、コーチの戦略、選手間のコミュニケーション、ボールや選手の動きに影響を与える物理法則です。チームの目的は、試合に勝つこと、楽しむこと、運動すること、数百万ドルを稼ぐこと、またはこれらのすべてです。(p.33)

 ここで難しいのが、システムの範囲です。サッカーという競技なのか、サッカーを取り巻くビジネスなのか。様々な要素の種類、広さでシステムを設定できる、むしろ設定しなければならないため、システムの範囲は観察者の立場や性格に大きく左右されるでしょう。そしてその範囲の多くはシステムの「目的」によって規定されます。

システムとして見たサッカー

 ではサッカーをシステムとして見るとはどういうことなのでしょうか。

さまざまなシステムを分析することで、システム独自の特徴や性格、注意すべき点などを理解し、氷山の一角でしかない「出来事」レベルではなく、システムの「構造」やその奥底にある「メンタル・モデル」(意識・無意識の前提、思い込み)に働きかけることで、必要な変化をより効果的に作り出していくことができます。(p.3)

実際、すでにサッカーをシステムとして見ている人たちは多いと思います(意識的かどうかは別にして)。例えば「5レーン理論」は、5レーンの枠組みを設定して、選手(要素)の位置関係(構造)に働きかけることで変化を作り出しています。これは試合に勝つこと、より具体的にはグアルディオラ曰く「ビルドアップにおいて8対6の状況で勝つこと」(※)で、その目的(機能)を果たすためのシステムです。一方で健全なチーム経営を促すことを目的に、チームごとの財務指標の基準に働きかける(FFP制度など)ことで変化を生み出しています。(※引用元:レナート・バルディ,片野道郎(2018)『モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー』ソル・メディア)  
 以上二つのようにサッカーはシステムとして見ることができますが、重要なのは、目的によってシステムは異なること、そしてそれぞれのシステム間にもつながりがあることです(システムにはヒエラルキーがあることも特徴)。特にシステム間の関係性は目的が異なって矛盾が生じるため、同時に見ることが難しいです。

おわりに
 これまでのサッカー観(特にTV番組)では見落とされていたのが「システムとしてのサッカー」だと思います。サッカーの全体像と言い換えてもいいです。 ゴールシーンや選手など個別の出来事レベルでサッカーを見るのではなく、その出来事の裏にあるシステムを理解することで、複雑だからこそ美しいサッカーがより分かると思います。
 その一歩目としてオススメの一冊です。


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