見出し画像

小説①「群衆とネズミ」全5話

 三日間の明けない夜が始まった。

 それが本当に三日間続いて、そうして三日後には再び昼間が訪れるのかは分からない。けれどテレビでは、この日が訪れるまで長いことそのニュースで持ちきりだった。

 何事もなく世紀末が過ぎて、新世紀がやってきた。どこかの国々では争いや緊迫したままの睨み合いが続いた。国によっては、とくに変わることもなく過ぎていったところもある。

 そんな中、ようやく数十年が回って、とうとう新たな暦が始まるのだと世界が沸いたのが「三日間の明けない夜」という、歴史上はじめての現象だった。

 以前あった世紀末に世界は滅びなかった。我々の世代で、ようやく新しい時代に突入するのだ――各国のお偉い人たちはそう熱く語った。

 だが、新しいとは一体なんだ?

 半分、もしくはそれ以下の人間はそう思っていると思う。ぼくも、その内の一人だ。

 数十年前、僕ら人類は無事に新世紀を迎え、技術は発展し、人々の暮らしは良くなったとテレビ画面の向こうでは言うけれど、僕らの暮らしはそんな理想とはまるで違っていた。

 僕らの町は、十三区もの広さを持った旧都心だ。置き捨てられた廃屋のようなビルや家が立ち並び、古いアスファルトは建てつけの悪い戸のように車をがたがたと鳴らした。

 何もかも整えられた美しい町から吐き出される熱気が流れ込み、夏場は全身を蒸し風呂に焼かれるように辛かった。

 建物の片隅に残された木は花を付けるわけでもなく、誰かがぶつぶつ文句を言いながらいたるところからまばらにはえてくる雑草を千切り取る。そうしなければ、すぐにでも虫の巣や発生源になってしまうからだ。


――皆様、※※※※年※月※日、この世界に「三日間の夜」が訪れます。


 年が明けて間もない頃、一斉に知らされたその情報は、多くの人の混乱を呼び、同時に強い好奇心を集めた。そんな映画や漫画や幻想小説のようなことが起こるのかと、誰もが関心を寄せた。

 まず政府から正式な発表があり、そうして次々に特別番組が組まれていった。あらゆる専門家が、あらゆる立場の有名人が、その情報を自分が大発見したような熱意で伝えていった。賛否両論、様々な方向から色々な意見が上がり、世界が終わってしまうのではないかと騒ぐ人達、どっちでもいいよと面白がる無関心な者達もいた。

 そうやっている間にも、どんどん月日は流れていき、そうしてとうとう「三日間の夜」の始まりの日を迎えた。

 西日に傾いた太陽を、ゆっくりと覆い隠していった巨大なシルエットは、やがて闇に溶けてすっかり分からなくなった。ただ太陽がなくなって、いつもの夜があるばかりのようにも思えたが、夜明けの時間になっても空は明るくならなかった。

 いつも通りの、朝の時刻を刻んでいる時計。そちらの方が壊れてしまっているのではないかと疑いたくなるほど、世界を自然な夜がすっぽりと覆っていた。

 けれど朝の光りが来なくとも、僕は普段通りに起床していた。

 その日、いつもと変わらない時間の使い方でもって、淡々と動いて身支度を済ませた。仕事の作業着に着替え、昨日や一昨日と同じように擦り切れたスニーカーを履いた。最近は滅多に雨が降らないので、窓枠から芽を出した雑草に水をやることも忘れなかった。

 そろそろ出掛ける時間だというのに、その窓の向こうは真っ暗だった。本来はもうとっくに青空が見えているはずの時刻なのだが、星一つない闇ばかりが空に広がっている光景が、いつも見慣れている「夜」との違いを僕に知らしめるかのようだった。

 その窓の遠く向こうで、不意に、朝の見回りにやってくる巡回車の悲鳴が鈍く鳴り響いた。それは死んだような旧市街地に、無機質でありきたりな警報音を気だるく発する。

 だがその音は、じょじょに狂い始め、しまいに鈍い呻りを残して沈んでいった。まるで古いラジオが壊れてゆくような最後だった。僕らを縛り続けていた見えない何かが、プツリと沈んでしまった象徴や合図にも聞こえた。

「さぁ、行こう」

 午前七時十五分、僕はいつも通りの動きでもって夜のままの町を歩き出した。

 そうして、いつもと同じく午前七時三十分には出社した。普段と同じく、一番に鍵を開けている上司が自分のデスクに腰かけていた。深夜出勤になったみたいじゃないか、と耳障りな音声テープのような声が聞こえてくる。ま、これを言い訳に休みを与えるなんてバカなことはしないがね……。

 そんな上司の声が、そこでブツリと途切れた。一瞬で社内は静まり返る。

 こちこち、と壊れかけた時計の秒針がリズムを打っている。冷房の稼働音が、ぶーんと低く呻っていた。

 僕は、いつも通りの動きに従って社内を進んだ。デスクの向こうにあるブラインドを開けてみると、やはり外は夜に包まれたままだった。テレビやラジオで騒がれていたような、宇宙からの侵略だとかいう空を飛行する戦艦らしいものなんて、どこにも見えはしない。

 ただ、現実が一時壊れてしまったのだ。

 僕は、呼吸音が一つに戻った社内で、朝一番、出社した際にもらっているコーヒーポッドのところへ移動し、ワンボタンで紙コップに注がれる液体を眺めながらそう思った。

          ◆◆◆

 僕の仕事は、旧市街地中央の区にあるアパートD棟の清掃だった。表の駐車場と階段を箒で掃き、ゴミを集め、毎日一階の一号室から三階の六号室までを、順に訪問して室内まで掃除してゆくのだ。

 十三区もある僕らの町では、どんなことも仕事になる。

 たとえば靴を磨いたり、飼い主のかわりにペットの散歩に行ったり。赤子のオムツやゲロだけを片付ける仕事だけでなく、毎朝の起床を手伝うベル・チルドレンだってあった。

 当たり前のように義務教育を受け、住んでいる場所に関係なく大学に進学し、遊ぶ暇もあったなんて時代は、とうに昔のことだ。旧市街区には、確かに政府が救済とする総合学校があるけれど、仕事の合間に顔を出すだけで卒業資格が与えられるというずさんなものだった。

 そこには、政府から派遣されるずだった職員なんて一人もいない。教育の専門家達は、今や国にとって貴重で数も少なく――もうそこから既に差別化がされていて、僕らは卒業すると『最下層の人間』という認定を持たされて世に送り出されるようなものだった。

 清掃業の勤務歴八年、今年二十六歳になる僕が担当しているアパートD棟は、中央に細長い階段をもった物件だ。狭い階段を挟んで、各階に二つある部屋の玄関が向かい合っている。劣化したコンクリートは黒ずみ、窓枠が残っている階段は、いつも薄暗かった。

 僕の仕事は、午前七時三十分に会社へ出勤することから始まる。勤務の行動開始は午前八時ぴったりで、それまでにブラインドを開けたりと社内の整理整頓と軽い掃除を行い、それから時間になると仕事道具をかついで、徒歩五分の場所にある担当物件へと足を運んだ。

 アパートD棟には、六台分が停められる駐車場があった。所々錆がある軽自動車が二台停まっているだけで、いつもがらんとして殺風景だ。

 まずはそこで、風で運ばれてきた落ち葉や塵を簡単に集める作業にとりかかる。ひび割れたコンクリートにある緑や黒の苔は、月に一回落とすとして階段も同様にスピード感をもって進める。何故なら、お客様の部屋の掃除を丁寧に、時間をかけてしっかり行うことがメインであって、外には体力や時間をかけないものだったからだ。

 最近は雨が降らないせいか、駐車場の苔は茶色く黒ずんでいた。過ぎ去った夏の残り熱が立ち込めていて、微量ながら吹く風が汗の浮かんだ全身に涼しく感じられるのが、せめてもの救いだった。

 その駐車場と階段の少ないゴミを袋にしまったあと、僕は鬱々と各部屋の掃除にとりかかった。

 一階の一号室には、かなり太った婦人と、彼女によく似た息子が一人いる。キッチンと狭いリビング、両親と子供用に二つの寝室兼個室が狭い面積には詰められてあった。

 室内の至るところに保存食や食糧が置かれていて、大量の服や私物が積み上げられ整理も付かない部屋だった。けれど、それを脇へ押しやって、どうにか片付いて見えるように工夫して床を掃除するのが、僕の役目だった。

「きちんとやってくれなきゃ困るのよねえ」

 その婦人は、古風な三流映画さながらの気取った喋り方をした。盛り上がった頬の間にある小さく膨れた赤い唇は、いつも油が乗ったようにぬめぬめと光っている。

 実際、厚い唇を、冷めたフライドホテトや油菓子で照らつかせていたのは、彼女の十歳の息子の方だったが、僕にはその婦人にも強くそんな印象を抱いていた。室内が熱に蒸された食品のような匂いで充満していたせいかもしれない。

 彼女は、まあまあいい暮らしをしていた。夫の収入が僕らよりきちんとあるせいか、住みどころや部屋は小さくとも、衣食に関して全く苦労を知らないように見えた。

 汚い部屋の中で、体系や年齢に不似合いな上品なワンピースドレスに身を包み、早朝からメイクも耳飾りも真珠のネックレスも忘れなかった。身を着飾ることや十分な食べ物、苦労のない生活がご自慢で、その優越感から毎日僕にあれやこれやと言うを楽しみにしていた。

「安い賃金の仕事なのは分かりますけどね。そりゃあ、次の仕事だって待っているかもしれないけれど、そういう、きちんとやらない、というのが一番困ると思うの。見落としたのかなんなのか、とにかく、虫が群がっているのを見た時は、もう本当に驚いてしまったわ。まだ手を付けていない食べ物の一部もやられてしまって、ほんと、どうしてくれるのかしらねえ」

 それは躾のなっていないデブの野ネズミと、ろくでなしの息子が、僕が掃除する横から菓子屑を落としていくのだから仕方がない。彼らはそうやって食べることを止めないまま傍観し続け、掃除する僕のあとを黙々と追い回すのだ。

 いつも僕が移動するたびに、先頭から大、中、小の列が出来る。

 ぼてぼてに太ったネズミは、本当に元残飯食いのネズミだったのかと疑うほど、もちもちとしたお腹といったふてぶてしい身体付きをしているし、ほんと飼い主である息子にそっくりだった。僕は彼らを見るたび、一度も目にしたことがない、この家の主人をありありと想像したりした。

 婦人は今日も、いつも通り柔和な口調で愚痴を言い続け、最後は丸く収めるような暖かい言葉で取り繕った。

「うふふ。あなたがねぇ、いつも頑張ってくれているのは知っているのよぉ? 今日も本当にありがとう。でもね、次からはこんなミスがないようにね」

 毎日これの繰り返しだった。いつもなら、これで終了して掃除が終わるまで再びの会話はない。しかし――

「三日間の夜をご存知ですか」

 そう僕が珍しく質問すると、彼女は小さな目を丸くして、後ろにいる息子と彼のネズミを見た。僕は世間話はおろか、形式上の少ないやりとりをするばかりで滅多に口をきかない性質だったからだ。

 婦人はちょっと意外そうな顔をしたものの、お喋り好きで自慢話好きなところもあって、得意げに「勿論よ」と言ってきた。

「あなたはテレビなんて高価なものは持ってないでしょうけれど、うちには、リビングと寝室にきちんとあるわ。たくさんの宇宙船が来るらしいし、その彼らが連れている巨大な衛星船? みたいなものが、三日間は太陽を遮ってしまうんでしょ? 政府は隠そうとしているみたいだけれど」

 ああ、彼女は一部出ているその噂の方をお楽しみでいるらしい。すると彼女の息子が、菓子を噛みながらこう言った。

「宇宙船をじっくり観察してやるんだ!」
「うふふ、そうね、パパも三日間はお休みだから皆で見ましょ。予定では、今日の夜には到着するみたいだけれど、パパはただの惑星のなんとやらとか難しいことを言うのよねぇ」
「宇宙船に決まってるよ! そんで一番に乗せてもらうんだ!」

 まるで現実感のない予定が、明日に迫っている。婦人が旧式の薄型テレビをつけて、盛大に続けられているカウントダウン番組を見やった。画面には、きれいなスーツを着た清潔感溢れる男がいて、遠い世界のような声や調子で明るく喋り続けている。

 皆さまご覧下さい、※※※の首都上空を通過した未知の一機が、陸軍本部内へと消えていく様子です! これまで世界の各首都で目撃情報が相次ぎましたが、これから本格的に空に停滞する宇宙船が見られるかもしれませんよ!? 展望台などでは、既に多くの人々がカメラを手に撮影準備を整えており、このニュータワー通り660号線沿いにも、買い物や観光を楽しみながらたくさんの人々が――

「君は宇宙船を見たことがあるのかい」

 しばし画面を見つめていた僕は、ろくでなしの息子に尋ねてみた。彼と、彼の隣に並んだ太ったネズミが、間の抜けた顔を同じ方へと傾ける。

「ないよ。多分さ、こっちにはまだ来てないんだ。きっとこれからだよ」

 その息子は、頬肉を揺らしながら再びむしゃむしゃと食べるのを再開し、ネズミも、もらったおこぼれの菓子のカケラを、同じように夢中になって齧り始めた。

 婦人は、いつの間にかテレビの前の汚いソファに陣取り、画面に見入っていた。

「ほら見て! すごいわ、こんなにたくさんの映像があるんだから!」

 そう興奮気味に言って、冷めたフライドホテトを引き寄せる。本物なのか偽物なのかも分からない。僕は、テレビに映った見慣れない飛行物体を最後に掃除へ取り掛かった。

 いつも通りの時間にきっちり終わらせ、次に二号室に向かってみると、既に錆びた扉が開いていた。一号室の掃除が終わる頃、いつもそうやって入り口を開けて待っているのだ。

 この日も、その部屋は汚い服や、使用済みなのか違うのかも判断出来ない服が玄関手前まで散乱していた。住んでいるのは、僕よりも二つほど年下のカップルで、もっもと仕事が楽ではない部屋だった。

 流し台は、たった一晩でゴキブリがわくほどごちゃごちゃになり、食べ物のソースや汁やジュースが床にまで散ってへばりついている。トイレは尿の飛んだあとがあるし、また妙な物でも食ったのだろうと思われる吐瀉物の一部が古い便器に残っている。

 この部屋のトイレは、水の出が悪いので連続で入ると手動で水を汲んで、タンクに追加してやらなければならないのだが、残念なことに、彼らは特に構う必要もなく無視しておける性質だった。

 暇さえあれば交わりに熱中する若き部屋主達のパイプ式ベッドや、なんのためにあるのかも分からなくなるほど淫らに汚れた浴室もそうだ。ひどい時は、狭い廊下にまで泡風呂の残り湯でぐしょぐしょになっているし、ニコチンで黄ばんだ仕切りカーテンも半分外れてぶら下がっていたりする。

 まるで大勢の若者が集まって騒ぎまくったあとのようなこの部屋を、私物だけが乱雑している平均的清潔な環境に戻すのが僕の役目だ。とにかく様々なものが混じったような、このひどい悪臭と室内の雰囲気を、人間が最低限守らなければならない生活基準のような状態にまで、もっていかなければならない。

 この若いカップルは、夕方から夜にかけて活動している人間らしく、いつだって朝はどちらも気だるそうにしていた。女の方も男の方も、僕が来るなり寝ぼけ眼を向けた。

「よろしくぅ」

 そう、今日も二日酔いのような声を上げる。すっかり傷んだカラーの髪はぼさぼさで、女はメイクがひどい具合に落ちかけている。どちらも背丈があって骨が見えるほどに細い。彼らは僕がやってくるのを見計らって、どうにか起床して玄関を開け、肌を多く露出するラフな寝着姿のまま、クッションが飛び出したカウチソファに並んで座るのだ。

 この町には、彼らのように、僕よりも楽をして金を稼げる若者も多い。住むところになんの執着も持たない代わりに、今を楽しむことだけに集中していた。

 苦労を知らないし、知りたいくもない、この町にいる『最下層ではない人間』の典型的なタイプだった。恵まれた都市に住まう上流層の人間から見れば、みすぼらしいこの町で、自分達が彼らと同じくらい偉いのだと信じて疑わない。

 とはいえ、彼らには総じて共通している点がある。それは自分達を、人間としての高い基準に置いて、僕らのような連中を「クソ以下じゃん」と嗤うことだ。

「しっかりキレイにしてよぅ~? アタシさぁ、台所が汚いの、なんか耐えられないもん」
「俺さぁ、ちょっと考えてたんだけど、新しいトコに住んじゃう? 先輩の部屋で一晩過ごしていいって言われた時、お前ってば、すっごく興奮してたじゃん? そっちの方が盛り上がんなかった?」
「もぅ、またその話~? だってさぁ、足の踏み場がちゃんとあったじゃん、二人分なんて余裕でスペースあったしぃ」

 僕が掃除する脇で、半分眠りから覚めたカップルがいちゃつき始めた。以前、僕に仕事を教えてくれた先輩が、廃墟と化した旧市街地には二つの人間がいるんだと言ったことを、僕はなんとなく思い出した。


――ここには、耐えることを拒絶して放棄する奴と、耐えて我慢して生きていく奴がいる。だけど、お前はどうなんだろうなあ……


 あの時、先輩はどこか気にかけるような声で、そう言っていた。

 希望も夢もなくなった時代が悪いのだと言っていた人もいた。いつの間にか喜怒哀楽を胸の奥底にしまい込み過ぎて、己が持っているはずの欲だとか意思だとかも、すっかり忘れてしまうのだそうだ。そうして、次第に思考も鈍くなっていく。

 僕らの職場の最年長だったヨシダさんも、必死で働いていた昔の時代があったのが羨ましいと愚痴っていたことを、僕は手を動かしながら思い出していた。彼は自殺する前、見捨てられたこの町で生きる僕らは、まるで生きた亡霊であると言った。


――お前らは怒りを覚えないのか、ワシは、ワシは奴らの奴隷じゃないんだぞ! ワシらは人間だ。あの机でふんぞり返っている上司と同じ『人間』なんだ!


 僕は、速やかに流し台とトイレの掃除も終えた。その時、若いカップルの男の方が、自分の太腿に乗せている女に向かってこう言った。

「なあ、世界が劇的に変わるってマジ? 楽しくなるって聞いたんだけど」
「えすえふチックだよね~。面白いものが、ゴロゴロ見られるって皆言ってたよ。ゆーふぉーとか、マジウケるんですけど」
「この辺もさ、すげぇ都会に生まれ変わるとかなんとか、そういや誰かが言ってなかったっけ?」
「それ、もうアニメか映画じゃん。チョー笑える」

 そのまま絡められた二人の薄い唇が、開けられた曇りガラスの窓からの日差しに、ぬらりと光った。

 細すぎる女の剥き出しの肩から、大きく反った腰がエロティックな曲線を浮かび上がらせていた。突き出された小さな尻を隠すばかりの短パンは、薄い生地越しに肌を感じさせて、そこを男が撫でるたび彼女が悦ぶのが僕にも分かった。

 ふと、男と目が合った。彼のつり上がった一重の瞳が、嫌悪感に細められる。

「何見てんだよ。さっさと風呂場の掃除に行けよ」

 僕は、すみません、と謝って掃除道具を手に浴室へと向かった。反らせた腰を突き出したまま、懸命にせがんで揺れ動く女の尻を、男が今度は直に手を入れるのがちらりと見えた。

 吐き気が込み上げて、僕は半ば駆けるように浴室に逃げ込んだ。自分のズボンの前チャックを突き上げたそれを見た途端、全身に嫌悪感が走った。

 汚らしい、汚らしい、なんて汚らしいんだろう、僕らは。

 けれど、何も感じないことは確かに楽なのだ。――僕のそこは、その一呼吸で一瞬にして力を失っていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?