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【小説】第6回(最終)「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
佐藤と拓実と食事をした、同じ週の土曜日。
午前十時前。ヨリは、最寄りのレンタカーショップへと急ぎ足で向かっていた。
昨日まで続いていた雨は、夜中のうちにやんで、頭上には青空が広がっていた。鰯雲が東の空に群れをなし、少しばかり肌寒い秋先の風も、暖かい日差しと相まって久しぶりに心地良い気候となっていた。
ヨリは速足で歩きながら時刻を確認し、「しまったなぁ」と思わず呟いた。既に待ち合わせの
【小説】第5回(下)「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
私が、足に腕を置いてその横顔を見つめていると、何か問いかけたいとする気配でも察したのか、ふっと彼女がこちらに視線を返してきた。
「あなた、この世で一番特別な人間を知っている?」
彼女は、唐突に話題を振る傾向があるらしい。とはいえ私も、この数時間で、一方的に寄越される会話もすっかり慣れてしまってもいた。
私は、凪いだ湖へと目を向けて少しだけ考えた。
「多分。両親とか、家族じゃないかな」
【小説】第5回(上)「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
拓実と別れた後、まっすぐアパートに戻った。
風呂を上がってみると、タイミングを合わせたかのように佐藤から一通のメールが入っていた。先に帰ってすまんな、良い休暇を、という悪びれもない内容だった。
ヨリは、奢ってくれた先輩に文句の一つも添えなかった。今日は御馳走になりました、とお礼の内容を返信した。
例の手紙を手に、二十分ほどソファに座り込っていた。しばらく冷房の効いた部屋で寛いでいると
【小説】第4回「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
探偵に調べてもらっていた。
そう打ち明けたところで、拓実の言葉が途切れた。どこから話したらいいのか、悩んでいるようだった。どう話せばうまく伝わるのだろうかと、真剣に考える表情をしていた。
気を利かせてくれたのだろう。いつの間にか、マスターの姿はカウンターの奥へといって姿が見えなくなっていた。
「探偵に調べてもらった、と言ったけれど、それは事実?」
続く沈黙へのフォローが分からなくて
【小説】第3回「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
佐藤から連絡があったのは、調査報告書を処分した当日だった。
着信があったのは午後六時前。定時が五時過ぎなので、少し残業があったようだ。かかってきた電話に出てみると、がやがやと賑わう社内の様子と、それを大急ぎで通過しているらしい佐藤のどこか楽しげな息使いが聞こえた。
『今日、飲みに行くぞ』
ヨリが電話に出るなり、佐藤はそう切り出してきた。
『ようやく今日捕まえられそうなんだ』
「はぁ、
【小説】第2回「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
妙な夢を見た翌日も、窓の外は変わらず雨景色が続いていた。激しさは少し和らいで、雨粒が一定の速度でもって窓を叩いて濡らしている。
こうも雨が続くと、部屋干しにも限度を覚えた。ヨリは乾燥機を利用する事を決め、濡れた服の入った袋を持つと、一階に設置されているコインランドリーへと向かった。
エレベーターで一階へと降りた時、二年前からよく見かけるようになった金髪の若い男とあった。金のチェーン・ネッ
【小説】第1回(下)「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
外に出てみると、雨はまだ降り続けていた。
頭上は暗い雨空が広がっている。傘の外側を、相変わらず激しい雨が叩いてきて、歩道の信号が青に変わる際に発生する聞き慣れた機会音も、傘の内側に届きにくい。
ヨリは、目的地も定まらないまま歩いた。茉莉の弟についても顔を見てみようと考えていたのだが、彼が頻繁に訪れているらしい店を探してみる気分でもなかった。
茉莉の弟は二十二歳。姉とは違って大学へは行
【小説】第1回(上)「僕は拙い恋の始まりを紐解く」
ここ数日、ずっと強い雨が降り続けている。
それは、ほんの僅かな窪地や路肩にも水溜まりをつくるほどの大雨だった。大地を激しく叩く雨粒が、流れていく傘の上で弾けて、無数の雑音を作り上げている。
彼はそれを耳にしながら、目的のカフェ店を目指した。
先日と同じその店に行くと、自動ドアから中へと入った。予定がある訳でもなく、窓際の席に落ち着くと、珈琲を飲みながら退屈な長雨の光景を眺める。
日