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日差しに騙されて 〜会社を辞めた日の日記〜

朝背負ってきたパソコンを、置いてきた。
妙に背中が軽くて、少しだけ心細い。

会社を退職した。
新卒で入社して、3年弱勤めた会社。
拘束時間や業務内容、精神の限界、いろいろなものが重なって、私は辞めることにした。

自分の持っていた業務を引き継いで、最後の出社の日。
送別会をしてもらい、私は盛大に送り出された。
こんなにしてもらうほど、私は会社に、チームに、何もしていないと思うのに。
今日一日で、いったい何度頭を下げただろう。
申し訳ないとありがとうを、何度言ったのだろう。

会社にリモートワーク用のパソコンを返却して、
たくさんもらった贈り物を3つの紙袋に詰めて帰路につく。

ふと、背中が軽いことに気がついた。
朝とは比べ物にならないほど、軽いことに。
それがどこか、心細かった。

春に似た日差しに騙されて、Tシャツ一枚で外に出て、
意気揚々と歩き出してから、風の冷たさに気がつくような。
まだ冬なのだと知る朝のような。
自分だけ上着を着ていないことを、どこか心細く思うときのような。
そんな軽さが、背中にある。

荷を下ろしてきたのだ、と思った。
大人になる時に背負い込んで、大人は必ず背負うそれを、
これまで私は正しく背負ってきたはずだった。
それを、置いてきてしまったのだ、と思った。

仕事最後の1週間、辞めると決めたあの時のことが思い起こされた。
辞めない選択肢もあったのかと、何度も自分に問いかけて過ごした。
何度考えても、あの時の私は辞めると決めただろうと思う。
それでも、何度も考えてしまう。
同じ結論になるとわかっていて、それでも何度も頭をよぎる。
背中の軽さが、また同じ思考を繰り返させた。

電車が急停車した。
吊り革にしがみつく身体が揺られる度、紙袋を持つ手が痛む。
無理な体勢でたくさんの大きな紙袋を持っているからだった。

そうして、気がつく。
手に、朝とは比べ物にならないほど、たくさんのものを抱えていることに。
それは花束であって、贈り物であって、寄せ書きの冊子だった。

背に負ったものを振り落として、多くの手を振り切って、
逃げ出してしまったのかもしれないと、何度も何度も考える。
それなのに、私はまたこんなに貰ってしまったようだった。
たくさん貰って、貰ってばかりで、ただでさえその分を返せていた気もしないのに。

この手の重さの分くらいは、まだ、頑張れていたのだろうか。
ほんの少しだけ、周りに認められていたと、認めてもいいのだろうか。

心細さを抱えたまま、ここからまた行かなければいけない。

軽くなった背を伸ばして、私は少しだけ、胸を張った。

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