過去帳になった「最長片道ルート」

どうもです。しらさぎです。

珍しく、なんとnote連投を決意して書き始めてしまいました。

前回、2019年夏現在の最長片道切符ルートを取り上げました。とりあえずどんなルートなのか全体像を明らかにしたいということでこれまでの取材に基づいて一覧を再構成しました。

最長ルートは路線の改廃があるとしばしば変更になります。そのついでに、過去数回分のデータも用意できましたので公開したいと思います。はっきりいってマニア向けの内容です。

※距離数は営業キロで。ルール上選択乗車が出来る場合はより営業キロが長い方を乗るものとして計算してあります。

※情報は2019/08/15現在

※代行バスが走らない路線は初めから除外して掲載しております。


現在のルート(おさらい)


2018-04-01ルート(JR版) 10827キロ(55日間有効)

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【解説】

2018年4月1日に三江線が廃止になったことによって、変更になったルート。現在実施可能なJR版のルートになります。

変更になったのは、中国地方の倉敷を出発して下関へ至るまでの道程。中国地方エリアのルート全面変更は1982年以来。国鉄時代からJRに変わって初めての出来事です。

今回の中国地方のルートは倉敷から先、広島まで山陽本線→呉線→山陽本線と瀬戸内海側を進み、芸備線と伯備線を経由して山陰へ抜けます。その後新山口に下って宇部エリアを行きます。過去36年、宇部エリアがルートになっていませんでした。その後は美祢線で一旦日本海側へ上がり山陰本線で下関へ抜けます。

この変更でおよそ140キロルート総延長が短くなりました。2011年の震災以後最大の減少幅とみられます。

このルートは、2018年夏にぼくの常連のフォロワー氏が、2019年夏に某Youtuber氏が取り組んでいるルートです(いずれもルート表はぼくが事前に拝見しました)。どうも、ツイッターを検索していると現在のルートになってからはJR版を採用している人が多いようです(最近IGR版みかけない…)。


2018-04-01ルート(IGR版)

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【解説】

JR版と同じく三江線廃止によって変更になったルートです。東北地方でIGRを使うことによって異なる経路になっている他はJR版と同一です。

東北地方では、新青森から一旦盛岡へ下ります。そのあとIGRと花輪線を経由して青森県へ戻り、五能線・奥羽線・羽越線経由で再度青森を脱して秋田県・山形県をめぐり(米坂線・奥羽線経由)、横手から北上線で太平洋側へ。そのあとは、宮城・福島と南へ進路をとります。仙台でJR版のルートに合流します。

逆に、JR版は新青森から奥羽線・五能線・羽越線と経由して青森県を出ると再び戻ることが出来ません。羽越線・米坂線・奥羽線を経由して大曲から田沢湖線で盛岡へ。そのあとは太平洋側を南へ下りまして、仙台からIGR版ルートと合流します。


過去帳になった最長片道ルート


2016-03-26ルート(JR版)

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【解説】

北海道新幹線開業によって、北海道から本州に渡る路線が在来線→新幹線となって若干ルートが短くなりました。2018年に三江線が廃止になるまで、2017年に常磐線にて営業キロの修正はありましたが、全く同じルートで旅行することが出来ました。

三江線が廃止になるまで中国地方は1982年以降以下のようなルートになっていました。

倉敷までは現在も同じルートです。その先が福山から福塩線・芸備線・伯備線を経由して山陰地方へ抜けます。それから、廃止になった三江線と現存する芸備線の南の区間を経由して広島へ再び南下。そのあと新山口から再度山口線で山陰地方へ出て、美祢線・山陽本線経由で下関へ至るルートでした。


2016-03-26ルート(IGR版)

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【解説】

かの有名鉄道系Youtuberが提唱したルート(のはずです)。かのYoutuber某氏は「最長往復切符」ということで、往復券にしておりましたので、ルート表の159番が往復切符になるよう肥前山口の一駅前で打ち切るようになっていました。ただそれ以外は同一です。

同じく三江線廃止まで活用できたルートになります。2017年度発売された最長片道切符でツイッターに現れたものの大半がこちらのIGR版になりました。それくらい一時期は優位に立っていました。2018年以降は再びJR版が優勢になっているようですが…


2015-05-30ルート(JR版) 10995キロ(56日間有効)

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【解説】

ぼくが最長片道切符に取り組んだのが2015年7~8月。まさに、このルートで取り組みました。

北海道新幹線開業前でしたので、北海道から本州の青森県へ渡るときは全て在来線経由で江差線→海峡線→津軽線で青森駅から奥羽線へ入って東北編がスタートしていました。当時は夜行急行「はまなす」という客車列車で本州へ渡りました。

札幌駅から小樽経由で長万部に最終便の普通列車で到着。雨と霧の中待つこと2時間以上。霧の彼方から急行「はまなす」が姿を現したときの幻想的な光景・ある種の感動というのはいまだにぼくの記憶に刻み込まれています。五稜郭と函館の間は、函館で改札を出なければ問題は生じませんでした。

このルートは東北ルートが一新しました。原因は仙石東北ラインという0.3キロの短絡線の開業です。たった0.3キロの新規開業でしたがそれが40キロ超の距離増加をもたらしました。

あの風光明媚な五能線が再びルートに組み込まれた点が興味深いですね。JR版の東北ルートはBRTの扱いを除けばこの時を最後に基本的には変化していません。

以前は青森→新青森→盛岡から北上へ出たあとに、北上線・奥羽線で秋田へ。秋田から羽越線・米坂線・山形線で新庄に出ます。さらに陸羽東線・東北線とつないで、一ノ関からは大船渡線・気仙沼線(BRT含む)・石巻線と乗り継いで石巻。石巻より仙石線で仙台。東北新幹線に乗って福島から東北線で岩沼まで出るルートになっていました。

このときからは、青森→奥羽線→川部→五能線・奥羽線→秋田→羽越線→坂町→米坂線・山形線→大曲→田沢湖線→盛岡→花巻→新花巻→東北新幹線→北上→一ノ関→大船渡線・気仙沼線(BRT含む)・石巻線と乗り継いで石巻→高城町→仙石東北ライン→松島→東北線→小牛田→古川→新幹線→福島→在来線で岩沼というルートに変わりました。


2015-05-30ルート(IGR版)

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【解説】

やはり北海道→本州は在来線になっています。

フォロワー氏から貴重なご指摘をいただきました。この時期は青い森鉄道を算入可能であったことを失念していましたので、反映してみました。


2015-03-14ルート(JR版) 10954キロ(56日間有効)

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【解説】

北陸新幹線が開業したことによる変更。

それまで在来線で飯山→豊野→直江津→糸魚川と進んでいたところが、飯山と糸魚川を新幹線で短絡します。金沢~富山も在来線から新幹線になりました。


2015-01-31ルート(JR版) 11012キロ(56日間有効)

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【解説】

福島原発事故で4年近くにわたって路線が寸断されていた常磐線の岩沼→いわきが代行バスで全通したことによる変更です。変更というよりは震災前の基本的なルートに戻ったという位置づけのようですけれど。それまでは、震災前とは違って新青森から新横浜に至るまでの東日本全般のルートがほとんど異なっておりました。その違いは下の2012年ルートでお確かめいただけます。


2012-08-20ルート(JR版) 10918.0キロ(56日間有効)

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【解説】

気仙沼にBRTが、只見線の大雨運行休止区間に代行バスが走り、東日本大震災以後で初めて最長ルートがはっきりとしたときのもの。2015年1月までこのルートでした。




ルート総延長(キロ数)の変遷

せっかくですので、21世紀に入ってからの主要な変化を追いかけてみました。総合計の数字だけですが、グラフにしてみましたのでご覧ください。

横軸がルートが変わった日を示しています。

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2002年に東北新幹線:盛岡~八戸が延伸しました。この時に、東北地方が一気に300キロくらい短くなりました。これが今世紀最初のルート変更。

そのあとは、11200キロ前後で推移していましたが、東日本大震災がその状況を一変させました。相次ぐ不通区間の存在でルートが300キロ前後削られてしまいまして、東日本のルートがほとんど入れ替わってしまったのです。

2015年にかけては、不通区間の代行バス・BRTによる運行再開と仙石東北ラインの開業もあり一旦11000キロ前後まで回復します。しかし、その後は路線廃止もあって再び減少が続いています。

IGR版についてはかつて青い森鉄道もルートに組み入れ可能でしたが、2016年に不可能になりました。かつては、IGR版であれば震災前と同じレベルの距離を歩めましたが、青い森鉄道が使えなくなったことで一気に短くなりました。そのときのルールによって左右され得ることが示唆されます(IGR版は信頼性が保証できませんので参考までに)。



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