見出し画像

透明日記「図書館で夏休みを感じる」 2024/07/30

昨日の日記。長くなったので二つに分ける。

朝起きて、駕籠真太郎の「乱歩アムネシア」を読む。過剰な漫画だった。同じ現象を重ねたときのナンセンスが詰まっている。入れ子的なナンセンス。入れ子を重ねると意味のなさが無限に広がっていい。マトリョーシカの笑い。絵の細かさもあって、驚きと笑いが同時に来る。壮大なアホ。笑えるし、元気が出る。

朝ごはん。納豆に溶き卵をかけ、焼き海苔を千切る。やっぱり、焼き海苔はケチってはいけない。安い海苔はまずい。色が薄い、歯ごたえがない、海苔の香りが磯臭い。寝起きのババアの髪の毛みたいな味がする。汗くさいような気もしてくる。

板のりは10枚で500円以上のものでないと、まずいものが多いように思う。海苔は高ければ高いほどいい。海苔のことを考えると、高い海苔だけをバリバリと、海苔だけで食べたくなる。また今度、おやつにもなる高い海苔を買おうと思う。

昼はチャリで図書館に行く。チャリは楽しい。歩くより風景が速い。道行く人の何気ない一場面が切り取られ、流れていく。

店の前に水を撒く男、兄妹か友達に口答えをする少年、スーパーに入ろうとしている女、公園で並んで涼むおばちゃんたち、コンビニの灰皿に向かうおじさん。

少し曇りでそれほど暑くない。風も少しある。日差しは強く、目蓋が下がる。荒野のガンマンのような、鋭い眼差しになる。白人の目の上の庇がほしいと思う。付け庇とか、ほしいと。そう思ったが、帽子を被ればいいのかと、のちのち気が付いた。

図書館へ行く一本道は、夏の路上の車の音がこんもりと響く。路上の音の質感は、入道雲の形に似ているように感じられた。特にトラックがこんもりと響いていた。

響きに包まれ、チャリを漕ぐ。図書館へ向かう道は、プールに向かう道でもある。図書館もプールも夏っぽい。夏休みを過ごしているような気分になる。

図書館は活気があった。チャリがたくさん止まっている。館内に入ると、キャップを被った少年が走っていた。棚に向かって、駆けている。入り口付近には、雑誌を立ち読みするおばさん、座って新聞を読むおじさんがいた。

自習机は、白っぽくて眩しい感じで、白いシャツや白いブラウスの学生が、机に白いノートをいっぱい広げている。学生は夏休みらしい。少し館内をうろつく。本棚の両端に置かれた椅子には、大人たちが床に荷物を置いて座っていた。席は七割ぐらい埋まっていたように思う。小さな図書館でも、夏休みは人で溢れる。

本棚を巡って、いろんな本の背表紙を見ていた。背表紙だけでも面白い。商品だと思わないからか、なぜか本屋より本が親しみやすい。

都度、本棚に呼ばれるように、うろうろとした。借りようかなと思う本が多かったが、家にも本が溜まっている。遊びの誘いを断るように、また今度と思い、いくつかの本だけ借りて外に出た。

近所のカフェで本を読む。少し予定を作ったりもした。カフェを出て、ゲオ。北欧の映画を三本借りる。「ハッチング」がきっかけで、なんとなく、ひとりで北欧映画祭を開催している。

夕方。家に帰り、カップ麺を食べながら、「イノセンツ」というノルウェーの映画を観はじめた。大友克洋の「童夢」に強く影響された、団地の超能力合戦。思っていたよりも静かな映画だった。「童夢」を読み返したくなる。

映画の序盤で、外に夕立があったらしい。気づいたらベランダが濡れていた。映画を中盤で止め、ベランダでタバコを吸う。

東の空がみずみずしい。雲の色合いがみずみずしい。空に水を撒いたような涼しい色。

タバコを吸いながら、中島智という芸術人類学者のツイッターを見る。たまに見に行く。すこし難しいことを言う。分かりそうなものだけを読む。たまに読むと、取りこぼしていたものが、両手で掬われるような感じを覚える。そんなような言葉に出会える。

「表現」に関する、いつかのツイートを読むと、どこか深いところで、別なものの見方が、もぞもぞと震えるような気がした。ほんのりと涙ぐんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?