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透明日記「風の日」 2024/04/24

南の空に大きな穴でも空いたんやろな。巨大な風が街を呑み込んどる。心に砂が入ってきよる。わしはざらざらの、邪悪なブラックホールじゃ。

こんな風は若かった頃を思い出してあかん。あの頃のわしはアホみたいなもんじゃった。人生でいちばん邪悪じゃった。かたちのない現実にあたまが狂っておったわけじゃ。それがいまでは根っからのアホじゃ。ああそうじゃ、アホじゃ。見い、歯ぁないやろ、アホの証拠じゃ。

人間はみんなして、それぞれの現実っちゅうもんを触っとる。そう感じてたんや。けどなあ、わしにはわしの現実が分からんかったんじゃ。なにもかも遠くってなあ、誰が自分を動かしとんのか。わしだけ、心をもったロボットか思うたもんや。意味不明ってやつじゃ。

せやから、あのブスの女、明るいブスの女や。メガネの、変な髪型の。そのブスがやな、大学の構内ですれ違ったとき、「久しぶり!明るく生きるんやで!」とかぬかしよったんじゃ。わしは邪悪じゃ。邪悪じゃから、ブスを呪った。

その女が言う明るさにやな、わしの顔を削ぐような明るさを感じたんじゃ。みんな明るかったらそりゃあいいことや。せやけどなあ、それは天国みたいで不気味じゃ。みんなで手ぇつないで、輪になって死にましょうっちゅうこっちゃあ。うっとうしくてのう、わしは硬く絞った雑巾みたいに、笑っとったわ。一瞬のことやけどなあ。一瞬のことやけど、よう覚えとるわ。

こんな風の日は邪悪になっていけんのう。せやけど、なんか書くっちゅうのはええことじゃ。書いとるうちは気が張ってええ。わしはジジイやないのにのう、書き出したらジジイになっとるからのう。

わしはいつからわしなんじゃ。わしは誰かにハッキングされとるんやないか。

せやったら、朝ごはんが悪いように思うなあ。せやせや、朝ごはんのとき、CMを見たんじゃ。二十代の女、三十代の女、四十代にしてはキレイな女。右に現れたり左に現れたりしてやぁ、暗号みたいな声出しとったわ。

CMとCMが結び合ってな、わしの意識の底に、謎のガラクタを叩き込んだんじゃ。CMがひとつやったら、わしはわしにはならんかったんやろう。CMの後にCMが来て、CMの後にCMが来る。そこで分からんなるんじゃ。

わしの部屋が四角い透明の箱でいっぱいになってな、わしは部屋から弾き出されたんじゃ。助けてくれと言う間もなかった。朝ごはん食べとるわしは、ぽんと机から消えたように思う。

わしは一人称がわしになって久しい。そんなはずはないけど、そうとしか思えん。科学的真理ってやつや。ところで、わしの家はどこじゃ。わしの真理はどこじゃ。

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