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透明日記「タコ祭り」 2024/08/07

市民プールが少ししょっぱい。泳いでいると、底に点々とタコがいた。最近はそうなっているのかと思った。

プールを出ようとするおじいさんが、タコに引き留められていた。心配して見ていると、おじいさんはこちらに笑顔を向け、「いやあ、かわいいもんですわ。」と言った。そういうものかと、頷いた。

プールのあとは、チエミ先生のダンス教室に行く。ネットでヒップホップダンスが初回無料だというので習いに行くと、生徒の八割はタコだった。ヒップホップはやらず、ずっとタコ踊りをやらされた。「ヨシダさん、もっと、足を、こう〜、増やしてー。」と、チエミ先生はよく分からないことを言う。タコの友達が何匹かできた。

ダンス教室の向かいには、「敵屋」というイカ焼き屋がある。イカ焼きを作るのはタコだった。若い人がたくさん並んでいる。タコが作るイカ焼きがトレンドだと言う。若者文化が分からなくなった。

ここら辺はタコが多いのか、スケボーに乗ったタコとよくすれ違う。五匹乗りをしていたタコが警察に止められていた。「三千円」と言うのが聞こえると、タコは警察にスミを吐き、逃げ去った。

コンビニで水分補給の水を買う。ひと口飲むと、吹き出した。塩水だった。飲めない。コンビニに戻り、飲み物を探すと、塩水コーヒー、塩水ティー、塩水コーラなど、塩水製品ばかりだ。比較的塩分濃度の低い牛乳を買って飲むことにした。もっとスッキリしたものが飲みたかった。

中華屋でレバニラ定食を食べた。店内にはタコがいない。反タコの店主らしい。高い位置にある小さなテレビで、昼のワイドショーが流れている。

文化にくわしい専門家が何かを解説している。「タコの絵ひとつ見てもね、日本人の意識の在り方というのが読み取れるわけでして。タコの絵ね、みんな口があって、キュウキュウすぼめて話しそうでしょ。でもね、タコの口はね、これ、実物のタコなんだけど、実際はここなんですよ......」と言ううちに、専門家は持っているタコに襲われ、中継が途切れた。

用事もないのに、駅に向かう。エスカレーターに乗ると、目の前に小さなタコがいた。小さなタコはキュルキュルと鳴いている。エスカレーターに何かが少し挟まっているらしい。手を差し伸べて助けた。小さなタコは「ありがたい」と、小さな可愛い声を出す。ぼくに伝えるわけでもなく、ただ感動しましたというように、呟いていた。

駅を降りて、広場に出る。フリーダンスのイベントがあったので、参加し、タコ踊りを披露した。周りからブーイングが起こり、広場を追い出された。「付け焼き刃が!」という怒号も飛んでいた。

逃げるようにそそくさと歩き、着物屋を訪ねる。タコの店主が「家が近い。」と第一声で言う。住所を聞いてみると、三丁隣で、ずいぶんと近い。それから徒然と、息子の話などし始め、タコの進路はね、と語り出す。近所の話をポツポツと、あのカーペット屋さんは潰れましたね、中華屋はよくわからない飲み屋に変わりましたね、などと他愛もない話をする。

そうこうするうちに、本染め、手織り、小千谷(おぢや)などなど、和服用語がひらひらと舞い、二着の夏物を渡されていた。オスとメスのタコに囲まれ、「騙されとき、騙されとき。」と言われ、騙されておいた。正座がきれいなタコだった。

ビールを飲もうと歩いていると、とうとう、タコになってしまっていた。小籠包を食べながら、風を浴びる。塩ビールが恐ろしく美味い。美味すぎて、風に飛ばされるような心地がした。小籠包を六つ食べ終え、タコのように歩く。まだまだ外が暑い。自分でも足の数が数えられないが、足の先が干からびるような気がした。

タコのぼくは帽子屋さんに行ったが、タコに似合う帽子はがなくて諦めた。

ラーメンを食べに行く。昔ながらの塩ラーメン。気がつくと、一日中、中華っぽいものを食べている。他のタコもラーメンを食べていた。タコがラーメンを啜るとき、なぜかプププーという音が鳴る。自分も啜ってみると、プププーと音が鳴る。慣れないので恥ずかしがっていると、隣のタコが、「一ヶ月もすれば慣れまっせ。」という助言をくれた。続いて、祝いだと言って、塩ビールと焼き餃子を奢ってくれた。タコでいるのも案外いいなと思いはじめた。

ぼくはタコのまま、バーに出掛けた。人間がバーをやっていることに驚いた。「タコになるのは初めてなんですね。」と、人間は言う。そうか、タコになったり、人間に戻ったりする世界が来たのか、と思い、しみじみと飲んで過ごした。

最寄駅に帰る頃には人間になり果て、タコの時間を懐かしく思った。

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