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昆虫本の書評(昆虫本編集者のひとりごと)03『糸の博物誌:ムシたちが織りなす多様な世界』

2012年、海遊舎発行の196ページの上製本。本体2600円。編者は斎藤裕と佐原健。6人による共著でそのうち5人は北大教授であったり北大の出身者だ。

全体の感想

「ですます」調の文体で、やさしく語る印象だが、内容自体は相当専門性が高い。冒頭から専門用語や遺伝子名が頻出するので、初学者、また昆虫やクモの糸の不思議を知りたいというノリではついていけないかもしれない。

しかし、糸についてまとめられた本は他にあまりなく、いろいろな昆虫やクモの糸の利用などについて見たい時にはふさわしい一冊となっているかもしれない。

そもそも、カイコ以外にこれほど多くの昆虫が糸を利用しているのは知られていないだろう。

イラストや写真は少ない。やや専門的なもの多々ある。

それぞれの専門家が自信の研究結果から話をするが、研究の裏話も随所に見られる。特定の研究者の個人名も頻出するが、一般の人には無関係だろう。

また実験をもとに解説しているので、かなり具体的で実感できるが、一般の人にはあまりわからない場合も見られる。

以下、1章から順に印象的な箇所を抜粋しながら、紹介していこう。

ざっと内容について

1章「クモと糸」ではクモが糸をつくる仕組み、またいろいろな網の利用法が書かれている、これが面白い。

オスは精網という網に精子を置いて、それから受精をこころみるとのこと。

他にもクモの網の強度の出し方、それぞれのクモによってどのような網が作られるのか 営巣方法などを元にした進化の概説、糸の粘着物質を利用した木の登り方が紹介される。

また円網を作るクモの進化・起源がクモ学者ではホットな話題として上がっていて、単一起源かどうかが難問とされている。さらに、円網よりも立体的な網を作るクモが進化した理由が紹介される。

ダニも糸を利用しているのはあまり知られていないと思う。「2章ダニと糸」ではダニの糸利用が紹介されている。

ダニは口から糸を出すが、吐き出すというより、自分が歩くことによって糸が繰り出されるということらしい。ハダニはこうして巣に糸を貼るようだ。

集団生活をするスゴモリハダニは糸でテントをはって、そこで共同して暮らしている。トイレも設置され、トイレが作られるまでは排泄を我慢することも知られている。また糸の粘着性は、「コロコロ」のようにホコリをとる役目をもっているとのこと。

また歩行する際に、葉っぱの上から落ちてもぶら下がっていられるよいうに、「ハーケンにザイルを出す」登山家のように、命綱として常に糸を出していることも調査によって明らかにされている。

印象的なのは、ダニがトイレをどこに設置するかの調査が多いことか。

「3章 口から糸を出す昆虫」では昆虫と糸利用が概観される。

広く昆虫のなかでも、糸を利用するグループは多い。ほとんどが利用しているようだ。口から、お尻から、脚から出すグループに分けられて紹介される。

原始的な昆虫のチャタテムシでも口から糸をはいて巣をつくり、そこで集団生活しているようだ。

無翅昆虫という原始的な昆虫は精子の受け渡しに糸を利用している。トビムシでは糸の先端に精子の入った袋(精嚢)を地表におき、メスが拾い上げて受精する。

脚から糸を出す昆虫にはシロアリモドキが代表だ。

両方の脚に数百の絹糸腺をもち、他の昆虫に比して抜群に早い速度で巣を作れる。その糸利用の効率さがクモに匹敵するとされる。

「5章 寄生蜂とチョウと糸」では寄生バチが寄主を操作して、自らの安全のために、寄主に糸を使わせる様子が紹介されている。クモヒメバチによるクモ操作だ。

クモは寄生しているハチが蛹になって安全に繭をつくりやすいように、特別な形の網を作らされる。

またオオシロモンチョウ幼虫が寄生バチ(アオムシコマユバチ)のために繭をつくるのも面白い。ハチが繭を作った上にさらに寄主が糸をはって、強固にしているようだ。

水の中でも糸を利用している。トビケラは巣を水中につくり、これに引っかかる流れてきた葉っぱなどを食す。

またトビケラの家が大量に作られると水流がゆるやかになって、水力発電によくない影響が出るようだ。

読後の感想

点描や線画など多く載っているが、あまりリアルなイラスト図解は、かえって難解にしてしまっている。特徴的な箇所のみのこして、あとは描写しないようデフォルメすると随分わかりやすくなる。

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作っている側はリアルな方がいいかと思いがちだが、かえってわかりづらくなるので、自分も注意するようにしたい。

本文160ページほどで2600円はやや高価な印象だが、テーマや専門性の高さから読者範囲を考えると、妥当なところかもしれない。

どのような昆虫、どのように糸を利用しているか、ちょっと知りたい、というニーズには不向きかもしれないが、あるていど昆虫の進化や生理を知っていて、より詳しく、またどのような研究・実験がされているかを知りたい人には価値ある一冊では。


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