むらかみ

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「冬よさらば」ポール・ヴェルレーヌ

冬よさらば ポール・ヴェルレーヌ  冬よさらば。あたたかな光が  地面と明るい天を踊り回っている。  どんな悲しい気持ちも大気に  散った大らかなよろこびには負けてしまう。  この陰鬱で病んだパリすらも  若返りした太陽を歓迎するかのよう  まるでゆったり抱きしめるみたいに  真っ赤な屋根の千手を差し伸ばす。  ここ一年、私はこころに春を栖まわせている。  やがて和やかな花月が青々と戻り、  炎が炎を取り巻くように、  私の理想に理想を重ねる。  私の愛が笑い

    • 咄の見える姿勢——島崎藤村『夜明け前』

       木曽路はすべて、とまで言われれば、たとえイントロクイズをしているわけではなくても、思わず手か声で回答権を求めてしまう向きは、少なくないでしょう。その通り、島崎藤村『夜明け前』冒頭の一節です。木曽路はすべて山の中である。では、さらにその先の、あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である、というところまで読み進んで、そのまま勢いあまってふらふら山の奥へ奥へと潜っていく時、そこには一体、どのよう

      • ホームベースのような一冊——平出隆『ベースボールの詩学』(講談社学術文庫)

         先日、国際的な野球の祭典、WBC2023が活況のうちに幕を閉じました。日本の一野球愛好者として、大変に幸せな数週間だったと思います。2009年大会決勝の韓国戦、イチローが鋭い一振りで弾き返した打球がセンター前へと抜けていく、あの瞬間に背すじを走った興奮が、生々しく甦りもしました。あの十四年前の優勝時に比べて、選手たちの体格は一回りかもう半回りほども大きくなり、精緻な技術と戦略性の高さが持ち味だった日本の野球は、いつの間にか、力と速度によっても世界の強豪国と正面から渡り合うよ

      「冬よさらば」ポール・ヴェルレーヌ