大地から酒が湧き出る大陸
水たまりがいろんな色に染まっている。
カラフルな水溜まり群。
そのそれぞれが別々の種類の酒なのだ。
ワインの水たまり
シャンパンの水たまり
日本酒の水たまり
それぞれが芳醇な香りを漂わせている。
そんな水たまりが大地一面に、無数にはっている。
大地全体を使った壮大な絵の具セットみたいに。
それは、大地から絶えず湧き出す酒の泉たちだった。
多くの人間がここを楽園と呼ぶ
酒の涌き出る土壌に根をはった、町の中心にある巨大な酒神樹は、毎日多くの実を結び
(それはそれは美味な実で一つとして同じ味のものは無い)
それを食料にして生活している住民には飢えるものなど誰も無く、貧富の差も全く無かった。
ここは、この大陸は、完璧な平等を実現した楽園。
誰もがそう信じ、安穏と暮らしていた。
だが、俺はここが楽園だなどとまるで思わない。
俺は酒を一切受け付けない体質なのだ。
人生で1度も気持ち良く酔えた事など無い。
毎日へらへらした顔で楽しそうに酔っている酔っぱらいたちを見ていると無性に腹が立ってくる。
それに俺には人並み外れた才能があるのだ。
誰もが酒神樹から成る実を食べ、依存し切って怠惰に暮らしているこんな世界では、俺の人並み外れた才能を発揮する場が無いではないか。
平等なんてクソくらえだ。
貧富の差が全く無く、みんなが楽しく暮らす楽園?バカか!
俺はこの世界に貧富の差を生み出し、格差を生じさせたいのだ。
そして俺が凡人の上に君臨するのだ。
そのためには、この酒の涌き出す土壌を破壊し、枯渇させるしかない。
そうすれば酒神樹も枯れ果て、ヤツらは食うために毎日、奴隷のように働かなくてはいけなくなるだろう・・・・・・。
この世界からは忌々しい酔っぱらいが消え・・・・・・ぐふふ。
連中が毎日楽しく酔っぱらってる間に、俺は猛烈な勢いで図書館の古文書を読み漁っていた。
そしてその伝承を発見した。
この世界のどこかにある世界の臍。
そこには、古代の神々が遠い宇宙(そら)に旅立つ前に残した『酒神のクリスタル』と呼ばれるものがある。
そのクリスタルが、土壌から絶えず酒を涌き出させているパワーの根源なのだ、と伝承にはそう書かれている。
そのクリスタルを破壊すれば、恐らくこの大陸の大地から酒が涌き出てくる事は二度と無いだろう!
大嫌いな酔っぱらいをこの世から絶滅させられるのだ!
だから、俺は旅立った。
□□
数十年の月日が流れ、俺は中年になっていた。
俺の体質は年をとっても変わらず。
俺は世界を・・・・・・いや、世界は俺を、受け入れてはいなかった。
旅の途中、何度もくじけそうになったが、世界のどこにでもいる楽しそうな酔っぱらいを見るたびに、俺の決意は更新され続けた。
俺を除け者に楽しそうにしやがって。フザケルナ。
人並み外れた才能を持つ、という俺の自負はあながち間違ってもいなかったようだ。
俺はいつの間にか世界でも有数の実力を持つ強力なノマドになっていた。
そして、すでに世界の臍の場所も突き止めた。
最強最悪の邪悪なモンスターたちが生息するという
世界で最も深く危険なダンジョンの最奥部に世界の臍の入口はあるのだ。
今の俺といえど、そのダンジョンに入れば命の保障は無かったが、ここで諦めたのでは今までの努力の甲斐が無い。
俺は迷わずダンジョンへ向かい、足を踏み入れた。
ダークシェンロン(地獄の闇に染まった神竜)の吐く魂をも消滅させる純白の炎に尻を焼かれ、
アダムトロル(世界の原初から存在する推定年齢数十億歳の怪物トロル。ご存知の通り、トロルの強さは年齢に比例する)の放つ地殻変動レベルの拳に逃げ惑い、
地獄の最下層で凍りついて眠る堕天使ルシファーの肉体をも召喚すると言われるゴッド・グランド・ピンクモーモンを後ろから不意打ちして即座に刺し殺し、
俺はようやく最奥部にたどり着いた。
クリスタルが聳え立つ最奥部は、
地上までの高さ数キロに渡って壮大な吹き抜けになっていた。
神々による光の展覧会のように、数キロの長さの光の柱が、ダンジョンの内壁の歪な形状を照らし出しながら底まで一直線に届いてる。
目の前に聳え立つ高さ数百メートルの酒精の柱は太陽光を内部に孕ませながら、ところどころ別々の色に輝いている。
故郷のカラフルな水溜まり群を思い出させる虹色の輝きだった。
一瞬、郷愁に襲われたが、すぐに気を引き締めた。
俺の手には異次元の鉱物、グルンギュルドを神々の血筋を受け継ぐ神秘の鍛冶屋に鍛えさせた最強の剣『ゴットカリバー』が握られていた。
この剣に砕けぬ物質はこの世に無かった。
もはや躊躇う理由は無い。
俺は全身のオーラを最大まで高めて放出し、そのエネルギーを手に持ったゴットカリバーに伝導させた。
剣は激しく帯電し、やがて太陽のように自らがまばゆく輝きだす。
俺はクリスタルに向かって跳躍した。
数百メートルあるクリスタルの半ばほどまで身体ごと到達する。
この世界から、酔っぱらいを絶滅させるのだ!
生ぬるい平等社会を終わらせ、誰もが否応なしにノマドのように過酷な人生を歩む、競争社会を生み出すのだ!
俺は、来るべき世界を想像し、ニヤッと不敵に笑うと、渾身の力を込めてゴットカリバーを投げた。
周囲の空気を焼き焦がしながら突進する光輝くゴットカリバーはクリスタルの体内に音も無くめり込んだ。
数回、目が潰れそうな強烈な光で明滅した後、突き刺さったゴットカリバーを中心に、クリスタル全体に凄まじい勢いでひび割れが広がった。
次の瞬間、満足の笑みを浮かべる俺に向かって、
クリスタルの中心から吹き出した酒の濁流が襲いかかっていた。
酒の濁流でダンジョンの内壁に叩きつけられる俺。
もうすでに酒の匂いで全身を包まれ気分が悪くなっている。
「なんだ、これは!!」
もうすでにダンジョンの底の方では酒浸しになっている。それどころか、みるみる水位が上がっている。
あっという間に俺が跳躍した地点まで酒は満ち、
さらに水位は上昇し続け・・・・・・
クジラの潮吹きよろしく、俺は酒の噴水によって地上に吹き上げられていた。
俺は物理的なダメージによってではなく、急性アルコール中毒によって意識を失った。
最後に見たのは遥か眼下でラストダンジョンから溢れ出た酒の濁流が止まることを知らずに地上を侵食している景色だった。
酒だ・・・酒の津波だ・・・・・・。
悪・・・夢・・・だ・・・。
目を覚ますと酒の海が世界を覆い尽くしていた。
どれだけ深さがあるか分からない酒の海の中では、巨大なアル中クジラのシルエットが悠々と泳いでいた。
酒精のクリスタルがあった地点に、見た事もないような巨大な酒神樹が育っていた。
太さ数キロ、高さ数十キロはあろうかと言う巨大な樹木だった。
根から酒の海の栄養分を取り込んで、今見ている最中も成長し続けているようだ。バキバキと音をたてながら幹が肥大化し、枝はさらに高く広く伸びていく。
俺の身体は折れた酒神樹の枝の上にあった。
数十メートルくらいの、小枝だ。
状況は当初よりも悪化していた。
恐らく世界各地であのような樹が育ち、食料は永遠に怠惰な民に供給され続けるだろう。
自分を磨く事にしか生きがいを見出だせない俺のようなノマドはこれからも煙たがれ除け者にされるのだ。
酒の海に浮かんだ5メートルはある酒神の樹の実を、巨大な怪鳥ロックがくわえて飛び去った。
酒の霧があたり一帯に降り注ぎ、濃密なアルコール臭が漂う。
俺はある事に気づき、苦笑した。
人生は、悪い事ばかりではない。
酒の匂いが嫌ではなくなっていた。
酒の濁流に飲まれている間に、身体にアルコールへの耐性がついたのだ。
俺は、酒が飲める体質になっていた。
「ヤホォオオオイ!!」
俺は自分の歳も忘れて、若造のように絶叫すると、酒の海に飛び込んでいった。
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