イニシェリン島の精霊
マーティン・マクドナー監督・脚本、コリン・ファレル主演の映画「イニシェリン島の精霊」を観た。数々の映画祭でノミネートや賞を取った作品だ。アカデミー賞にもノミネートされているようだ。
イニシェリン島はアイルランド本島の西にある架空の小さな島。映画の中では時折、アイルランド本島の方から砲撃音が聞こえ、煙が見える。時はアイルランド内戦時代だ。ただ、島民には内戦にも現実味が感じられず、どこか遠くの世界の出来事のようだ。
島にはパブ、郵便局や教会は1つしかない。島民は皆顔見知りで、郵便の世話をする女性などは他人宛の手紙を平気で盗み見る。島での出来事はすぐに島民に知れ渡る。そんな狭い社会だ。
ある日、パードリックは親友コルムから絶縁を言い渡される。理由がわからず、戸惑い、なんとか考え直してもらおうと試みるが、コルムは「今度話しかけたら自分の指を切る」と宣言する。コルムは、人が良く愚鈍なパードリックとの付き合いに残された時間を無駄にするのが惜しいと思った末の決断だった。
パードリックはコルムから自分の愚鈍さが絶縁の理由だと告げられても理解できないし、自分が周囲にどういう影響を与えているかも理解できない。結局、パードリックはコルムに自ら指を切り落とさせる行動をとってしまう。
一方で聡明なパードリックの妹、シボーンは何かと兄の世話をして暮らしてはいるが、コルムとの一件があってからは、自分自身の人生を考えるようになる。本好きなシボーンは本島に司書の仕事を見つけ、パードリックを残し、島を出る。親友を失い、妹にも去られ、一人になったパードリックは、コルムに対する憎しみを募らせ、思いもよらない行動にでるのだった。
マーティン・マクドナー監督の映画を見るのは「スリー・ビルボード」に次いで2作目だ。「スリー・ビルボード」の中でも主人公の苦しみや悲しみが渦巻いて、それが大きな事件に発展していくのだが、最後には少しの救いが垣間見えたように思う。それに対して、この映画は最後まで救いが見えないように思える。
パードリックは愚鈍であるが人が良く、妹や村人に支えられて生活できているが、親友から絶縁されたことを契機にそれまでの支えを失い、「人の良さ」までも失ってしまう。主人公の持って生まれた「愚鈍さ」を、例えば誰しもが身に起こる「病気」や「介護」に置き換えれば、ただただ身につまされるのだ。
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