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サンチャゴへの道 巡礼11日目 【2023年夏】

こんにちは、ArcangeLogの「サンチャゴへの道」へようこそ。当初の予定を変更し、少しイレギュラーに挑戦してみました。

本日の行程  ベラロ−ド → アヘス

前回の投稿はこちらからどうぞ

今日の天気(予報)  アヘス 晴れ
最低気温13℃ /最高気温28℃

今朝は5時半に部屋の皆が起きだしたのを確認して部屋の電気をつけていると、トイレから戻って来たスペイン人の男性に、何やら文句を言われた。まだ寝るのだろうと思って電気を消したらおさまった。でも、ちょっと気が沈む。今後は早い内の点灯はよそう。

まだ暗い中、小柄な女性に挨拶をしたら、昨晩巡礼者の祝福を一緒に受けたフランス人だった。向こうもそれに気づいた様子。何と1ヶ月前にルプュイから出発したという。フランスの巡礼路は美しいと言っていた。小柄ながら歩き方に先を急がない落ち着きを感じた。

アルベルゲを出発


ベラロ−ドの路面の道標

昨日と同じひまわり畑が続く。太陽の方向を向く、というのはわかっているけれど、これだけ多くのひまわりが一斉に太陽に向かっているのを見るのは圧巻だ。

ひまわりが一斉に太陽に向く

今日の道のりの注意は途中、12キロに渡って何もない森を歩くこと。水分補給と、エネルギー補給が必要だ。ビジャ・フランカという町で腹ごしらえをする。巡礼者がみな同じバールに立ち寄るため、混雑する。2日間隣のベッドだった巨漢の男性を見つけ、一緒のテーブルに座らせてもらう。ボカディージョを食べて、美味しいと勧めるが、コーラとトルティーヤにする。今まで言葉を交わしてはいたが、初めて互いの名前と国を確認した。セルビアから来たボブ。ボブはニックネームというから、恐らく本当は◯◯ビッチとかいうややこしい名前何だろう。こちらの日本名を聞いて、覚えられないのだろう、ニックネームはないのかと言うのでガブリエルと答えておいた。

サンチャゴまでの距離 あと550キロ
ビジャ・フランカ

そういえば、ニックネームで思い出した。安倍晋三によく似た飄々とした東洋人と昨日初めて話をした。同じアルベルゲが何回か続き、ちょっと変わった人だなぁと敬遠していたのだが、洗濯を一緒にしていたのを機に話した。韓国人でキム・アレックスと言う。安倍晋三の顔をしてアレックスは無いだろう、やっぱり変わった奴だ。そう思って突っ込むと本名を明かしてくれた。カミーノは2回目らしく、なぜ2度目を歩いているか聞いたが本人も分からないと言う。

同じバールの中の座席でサント・ドミンコへ向かう休憩時に話しかけてきたイギリス人に再開した。何回かに分けてカミーノを歩いてあるそうで、今回は今日が最終日だと言っていた。いつかは日本とペルーに行きたいと話してくれたのが嬉しく、幸運を祈って別れた。

バールを出て、山道に入る。影があって涼しくてしのぎやすい。ただ、同じような道が、延々12キロ続くのにはまいった。そんな山道も、サン・ファンで終わる。今度は牧草地が広がる。当初はここで泊まる予定だったが、時間も早く、アルベルゲの評価も高くないので、思い切ってもう少し歩き、次の町、アヘスで泊まることにした。

山道が12キロ続く
スペイン内戦の戦没者慰霊モニュメント
久々に牛を見た

12時半にアルベルゲに到着。チェックインをして、下段の電源の近いベッドを確保し、シャワーと洗濯を終えてアルベルゲのレストランでお昼にした。部屋に戻ると、見覚えのある男性が隣のベッドに。サント・ドミンコで同じアルベルゲにいた人だ。聞くとロサンゼルスに住むベトナム系の青年。40年前に母親がアメリカに渡ったという。今度母親を連れてベトナムに戻る際短時間、東京を訪れる予定だそうだ。

アヘスの町が見えてくる
アヘスの道標

小さな町で見るところもないのでベッドに横になり、休憩する。洗濯物も取り込み、8時に泊まっているアルベルゲで夕食にする。先に韓国人の家族連れがいて、賑やかに食べている。一昨日同じアルベルゲになった一家だ。挨拶を交わし、一人で歩いているからか、励まされる。海外に出て見ると、何故か親日的な韓国人に多く出会う気がする。

多すぎるマメのサラダ
普通の量のマスタードチキン
デザートのアイスクリームは手渡し

今日はここ数日でであった人達の話に終始したようだ。

本日歩いた距離   27.0キロ
本日までの距離 259.1キロ(のべ11日間)
サンチャゴまで    507.1キロ

本日の活動記録はこちら(YAMAP)

❇本日のYAMAPは、活動開始の設定を1時間遅れとしてしまい、活動時間で1時間、距離で3キロの誤差があります。



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