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「春にして君を離れ」

 怖い、怖いと評判のアガサ・クリスティー「春にして君を離れ」。
 ミステリーの女王の作品ではあるが、ミステリーではない。怖いとの評判ですが、ホラーでもない。

 ホラーではなく、家庭を切り盛りしてきた主婦が思わぬ足止めのせいで、思いがけなく自らについて振り返ることになり、子どもたちについて、夫について、周りの人たちについて、それにまつわる自分の振る舞いについてを、頭の中で巡り巡る、という感じです。その頭の中の葛藤、逡巡の描き方がとても良いです。

 最後がまたなんというかネタバレになるのですが、思いを巡らせ、ある決断をしたはずなのですが、あっという間に手のひらを返す感じが、人が変わることの難しさ、楽な方に人は流れてしまうのだな、というのが絶妙。まさにこれが人間か、という感もあってなんとも複雑な心持ち。
 心の揺れ、動き、機微の描写がとても良いです。

 最後に夫のパートが出てくるのですが、これもなかなか。ラストスパートが結構すごいです。もうなんというか似たもの同士としか思えない展開。これぞ人間だな、と思うことしきり。

 読後感はすっきりとするというより、もやもや、とします。ミステリーの女王の作品ですが、何も解決しません(いや解決してるのか)。読み終わってみて振り返ると怖くはないかな。
 多くの人がすごく良い!という作品だというのは、非常に納得の一冊です。人間を見つめる目の辛辣でありつつも、優しさもあり。ミステリーもそうですが、観察眼のすごさに驚きます。
 こういう作品も書かれていたんだな、というのは驚きでした。またアガサ・クリスティー読み返したい。


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