見出し画像

「能力の生きづらさをほぐす」

 ふと足元を見ると、つくしが出ていた。桜もちらほら咲き始め、木蓮も満開だった。あっという間に春が来た。

 タイトルに惹かれて、図書館で予約。気付かなかったけれど、磯野真穂さん伴走とあって、私、いい本見つけたなーと思ってしまった。

 能力主義とか、能力があるとかないとか、普通のことのように生活しているし、その能力は個人によるもので、能力がない、と言われる時、自己責任みたいなことになっている。
 能力という言葉を聞くと、ちょっと心の奥がキュッとするような気持ちがしてしまう。できなくてごめん、みたいな気持ちになってしまう。
 私が病気でできなくなったことが色々できなくなったことがあって、コンディションによってもできることできないこともある。その時の私の能力ってなんなんだろう?とか思う。
 なんとなく能力主義って平等な気がするけれど、何か違和感がある。
 そもそも能力ってなんなのか、と思いながら読み始めたら、面白くて1日で一気読み。いま、2周目を読み始めている。この本売れるといいなー、と図書館で借りておきながら思った。

 第2話の教育社会学の話が面白い。「能力の化けの皮を剥がす」。能力の話は教育の話へと遡っていく。ここに出てくる本田由紀著「教育はないを評価してきたのか」、苅谷剛彦著「大衆教育社会のゆくえ」という本が気になる。教育社会学が俄然気になる。

 そして第3話では大学の話になる。そこで取り上げられるのがSFCの話だ。個性的なカリキュラムだったはずのSFCがなぜ従来型のカリキュラムへと移行したのか。大学と企業の関係など、なるほど、なるほど、と思うことばかり。
国が企業に対して、新卒学生を採用する際に求める能力の調査結果の変化など色々考えさせられる。創造性や個性を求めながらも、それを数年で撤回したり。それに左右される大学。

 第4話も引き続き学校教育の話から能力に迫る。学校教育は「通過儀礼」。そこから、「本当の私」の話へ。本当の自分で自分を守るつもりが、逆に能力が個人によるもの、という考えを強化している、など。

 と、次々と能力に関して深掘りは続く。適性検査の話はかなり面白い。リーダーシップ、コンピテンシーといった、私の会社でもある目標設定と自己評価でお馴染みの言葉も出てきて、興味深い。
会話形式なのでテンポよく進むし、分かりやすい。
 みんなこの本を読んで「能力」について一旦落ち着いて考えてみてはどうだろう、と思う。個人的に「能力」の話ばかりが盛り上がり、個人に足りない足りたいと、鞭を打つことが多くなり、「適材適所」みたいな話って最近聞かなくなってきた気がする。適材適所どころか、お前が合わせて当たり前だー、と言われている気すらする昨今。

 第8話のところはちょっとゾッとする話。タイトルも「問題はあなたのメンタル」。最近会社でもメンタルヘルス、メンタルヘルスと言われるし、オープン就労している私はマークされてる。メンタルの能力化。個人的にはマインドフルネスもかなり危険な気がしている。とはいえ、成長し続けるメンタルヘルス産業。
 能力と手を組んだメンタルヘルスの恐ろしさよ。。

 そもそも「能力」ってなんだっけ、全部個人の責任だっけ?と落ち着いて考える良い機会を与えてくれる本でした。
 あまりに良かったので、早く次の人に回したくて、2回読んですぐに返却した。たくさんの人に届くといい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?