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ガン見したい

歩道を歩いていると、世紀末でない限りは前から人が歩いて来るだろう。

その時、どこに視線を向ければ良いのか、というお話。

 第1話 

全然知らない人とすれ違う。よく考えたら怖い気がするけど、日常的に起こっていることだ。今日も前から人が来る。

視界の済に映るその人は、どうやらおしゃれさんのようだ。ぜひ全身を拝みたい。そう思った。

でも、勇気が足りなかった。周りに他に人はいない。自然とお互い意識してしまっているだろう。目を向ければコッソリ見ているのがバレてしまう。ましてや顔を見ようものなら、「コイツ、羞恥心を捨てたナンパ野郎だな」と思われかねない。でもおしゃれな服装は人に見られて然るべきなハズ。いや待て、もしかしたら彼氏に見せるための格好かも知れない。だとしたらとんだ勘違い野郎だ。そんな風な生き方まっぴらごめんだ。

そんなことを考え出してしまったら、もはや無関心を装って歩く他ない。後はそのへんの草を眺めるふりしてやり過ごす。なんだか妙に緊張する。まるでカメラでも向けられている気分だ。

と言うか、こんな変に意識してるのはおかしいのか?向こうからしたらこんなこと気にもしてないかも知れない。そもそも存在に気付いてないかも知れない。

やがて二人はすれ違う。3歩歩いたらお互いのことなど忘れて、今晩の夕食について考え始めているだろう。

 第2話

全然知らない人とすれ違う。知ってる人とすれ違う方が珍しいかも知れないけど、とにかく今日も前から人が来る。

おばちゃんがやって来た。しかもコーギーのさんぽ中ときたもんだ。これは見逃す訳にはいかない。

あぁ、なんてかわいいんだコーギー。どこかのアーティストが「君の短い足に恋してる」なんて歌を作曲してるかも。あるいは「散歩中のコーギー」という絵画がオークションにかけられている可能性もあるな。とにかくコーギーはかわいい。

この一世一代の犬チャンス、もちろん逃すなど有り得ない。コーギーなら、見られて困ることは(多分)ないだろう。

いや、ちょっと待て。おばちゃんがセットなの忘れてた。え?自分のペットをジロジロ見られるってどんな気持ち? 犬を飼ったことないから分からないけど、アンケート調査したら過半数が「ちょっと、嫌な気持ちになる」って答えそうな気がしてきた。

すぐにコーギーから目をそらす。おばちゃんに「うわアイツうちのコギちゃん舐め回すように見やがって自分犬好きですアピールでもして印象残したいのかよテメェのことなんか3秒で忘れてやるわ」なんて思われたくないし。あぁ、妄想でおばちゃんの口が悪いことになってしまった。頭の中でごめんなさいと言っておく。後でコーギーの画像検索しよっと。

そしてまた二人はすれ違う。おばちゃんはコーギーのことしか見ていなかった。

 最終話

全然知らない人とすれ違う。今日も今日とて前から人が来る。

自転車を漕いでいる。最強の装備を手に入れた。どんどん歩行者とすれ違う。もはや知らない人とすれ違う恐怖に脅かされることはない。二輪ばんざい。チャリンコばんざい。

地平線(誇張)の向こうからまた人がやって来た……と思ったら、なにか乗り物に乗っている。 

もう誤魔化しは効かない。前から自転車に乗った人がやって来た。

相対速度が小さくなる。なんてことだ。これじゃあ歩いている時と全く同じじゃないか。しかも向こうはロードバイク。自転車レーンを疾走してる。かたやママチャリ。悲劇だ。こんなことになるなんて、いったい何人の小説家がこの事象をテーマにした悲劇小説を書いただろうか。

ぼくは唇を噛み締め、安全運転のことで頭をいっぱいにしながら、気にしないふりをしてペダルを踏み続けた。

                       ー完ー

※8割ぐらい実話です。

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