スペース・ベイビー

『本日、シュワシュワミント国立天文台などの研究チームが、銀河の出産に立ち会い、赤ちゃんを取り上げました。同研究チームが銀河の出産に立ち会うのはこれで三億五百十一回目となり、――』

 午睡からの目覚めを助けるアラームとしては十分なニュースが、四六時中つけっぱなしのラジオから流れてきた。私は重たい体をなんとか起こして、この赤子の誕生を祝して気に入りの豆で珈琲を淹れようとキッチンへ向かった。天の河から引いている水道の蛇口をひねり、電気ケトルに宇宙水を溜める。スイッチを入れたのち、豆を挽く作業に入る。コーヒーミルに豆を分量通りに入れてゆったりと挽き始める。洗濯機が鳴った気がして脱衣所兼洗面所を覗けば、運転終了を意味するランプが点滅している。太陽が沈むまであと四百五時間はある。珈琲を飲んでから干してもギリギリ間に合うだろう。呑気な判断を下して、豆を挽く作業に戻る。火星ほどの大きさだった豆が私の手で粉々に挽かれ、お湯をかけて蒸らして抽出すれば、美味しい珈琲になる。全くもって不思議である。私はこの不思議な作業が好きだ。さて、あと少し。

『――なお、この銀河の赤ちゃんの名前は一般公募するとのことです。応募方法はシュワシュワミント国立天文台の公式ホームページをご覧ください。』

 なんと。私は沸いたお湯をじっくりと挽いた豆にかけながらスマートフォンを開いた。もちろん応募方法を確認するためである。“応募方法:シュワシュワミント国立天文台へ赤ちゃんの名前を書いたスペースシャトルを発射してください。”応募期間は今日から三百週間だ。私は慌てて書斎へ駆けていき引き出しを開けた。まずい。この間七光年離れたプルプルサボテン島に住む友人へ出したスペースシャトルが最後だった。空の引き出しを閉めてまた珈琲を淹れる作業に戻った。洗濯物を優先して干すか、書店が閉まる前にスペースシャトルを買いに走るか。私は非常に悩んだ。夜九百時までやっている百万円均一の店にスペースシャトルは売っていたっけ……。そうこうしているうちに珈琲を淹れ終えて、まずは幼き銀河の誕生に乾杯をした。さて、光速で洗濯物を干して書店へ走ろう。

 ベガで洗ったシーツは風に揺れるときらきらとした光を放つので気に入っている。しかも香りがいい。洗濯ばさみでしわにならないよう留めてから、洗い立てのそれを嗅ぐのも気に入っている。友人はアルタイル派だと言っていたが、あれは洗いあがりが少しごわついて肌に合わないので好まない。八千月の少し蒸し暑い風が洗濯物を空へ泳がせた。私は急いで書店へ向かった。間に合いますように。

『――次のニュースです。四百週間前の八千月一万日に生まれた赤ちゃん銀河の名前が、三千兆件を超える公募の中から 決定したとシュワシュワミント国立天文台が発表しました。赤ちゃん銀河の名前は……グニャグニャペンです。他の候補も見てみましょうか、――』

 この前と同じように珈琲を飲みながらニュースを聞き、小さくガッツポーズをしてしまった。早速プルプルサボテン島の友人へ自慢のスペースシャトルを発射しようと珈琲を啜りながら書斎へ向かった。

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