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虚構日記「わたしメリーさん…いま東大前にいるの……」

2024年2月15日。トレンドワードに「春一番」と上がっているのを見た。
実際「春一番」と認定されたのかは調べていないから分からないけど。
でもあたたかい天気だった。
昨日のバレンタインで春が訪れた人が多かったからこんな気温なのかもしれない。自分で書いていてやかましい。

今日は高校時代の友人から借りていた本を返すために外出した。
友人は東大前駅の近くに住んでいる。なぜなら彼が東大生だからである。

メトロに乗って彼に連絡を入れる。
「14:28につくよ」
地下鉄で眠りに落ち、東大前でちょうど目が覚めた。
慌てて下車する。改札を抜けたところで、画面が割れたiPhoneを確認する。14:31の文字列と、別の友人から届いたPayPayの送金記録が表示される。
彼からの返信はきていなかった。

地下だからかな?
まあいい、1番出口から地上を目指す。
待ち合わせは弥生キャンパスの門の前。それが彼とわたしの不文律だった。
しかし今日、彼はいなかった。

彼は約束を忘れているに違いない。即座に電話をした。
わたしは普段、ひとが待ち合わせに遅れていてもすぐに連絡を入れることはなくむしろ15分くらいなら平気で待つタイプの忠犬である。
だが彼とはそこそこ長い付き合いだ。再び会うようになったのは最近のことだけど、彼が勉強はできるもののあまりしっかり者ではないことはもう分かっている。

電話口の彼は笑っていた。
あれ、今日だったっけ?
わたしは困ったような声で言った。
「わたしメリーさん…いま東大前にいるの……」

彼はまた笑う。
けたけたと快活に笑う。
こんな風に笑うことを知ったのは高校3年の春だったっけ。

勘弁してくれという旨といつもの場所にいる旨を伝え、笑いながらごめんと連呼する彼との通話を終了させる。

怒ってなど、なかった。
春一番のせいだろうか。

お世辞にも垢ぬけていない眼鏡をかけて、薄着の彼が自転車に乗ってわたしの前に現れた。
なにかが運ばれてきた予感がした。

#虚構日記
#創作

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