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スカーゲンのアザラシ

これは、僕がデンマークにいたのと同じ時期にフランスに留学していた友達のYくんがとった写真。まんなかに写っているのは、野生のアザラシ。

Yくんがちょうど休暇かなにかで、わざわざ僕に会いにオーフスまできてくれた。そこで、二人で一緒にスカーゲンという小さなまちを訪ねた。スカーゲンはデンマークのユトランド半島の北の先端で、北欧側にはバルト海、ドイツ側には北海を臨んでいる。スカーゲンの町の先端には岬があって、そこではバルト海と北海がまざるところがみられるということで、デンマーク国内ではちょっとした観光名所になっている。

Yくんとスカーゲンに行ったのはかなり寒い季節で、これぞまさに鉛色というような曇り空のした、風のふきずさむヨーロッパの端っこの浜辺を二人で延々と歩いていた。岬の先まで歩いて2つの海がまざるのを見るつもりだった。

そんな中、いきなり海から現れたのがこの野生のアザラシで、冷たそうな海からこちらに近づいてきた。人生で本物のアザラシを見る機会なんて、あっただろうか。あったとしても水族館くらいだから、いきなり目の前の海から野生のアザラシが出てきたなんて信じられなくて、観光客むけのアトラクションかと思ってしまった。「え、野生?」と思わず日本語で聞いてしまって、せめてデンマーク語のほうが良かったかと一瞬よぎったが、そんなわけもなかった。

そのアザラシは人間に抵抗がなかったようで、僕とYくんとアザラシは三人で写真を撮ったり(ポーズもきめてくれた)、ヒレと手のひらで握手をしたりして、しばらく遊んでいた。英語でsea dogというだけあって顔の様子や人間に向ける眼差しがほんとうに犬そっくりで、僕らもアザラシの触り方なんて知らないから、犬に手を伸ばすみたいに手のひらを上に向けて差し出してみた。

次第に観光客で人だかりができてしまったが、アザラシは全然海に戻ろうとしない。なんか岬の端っこまで行かなくても、このままずっとアザラシと遊んで帰るのもいいなあと思い始めていた。

そしたら急に、怖い顔をしたデンマーク人の地元のおじさんがどこからともなく走ってきて、めちゃくちゃ怒られた。デンマーク語はわからなかったけどすごい剣幕だったから、たぶん野生動物に触ったのがマズかったんだなあと思った。アザラシもびっくりしてあっという間に海に帰ってしまった。

地元の方が怒るのも当然だしもちろん反省したけれど、最初に寄ってきたのはアザラシの方なんだけどなあと少し思った。

あの時期、あのタイミングで世界の端っこみたいな浜辺に居合わせたアザラシ。三人で一緒に知らないおっさんに怒られたアザラシ。あのアザラシは今も、ふたつの海のまざる曖昧なところで、冷たい海を泳いでいるのだろうか。そうだったらいいなと思う。僕が夜中まで仕事をしてたり、言いたいことも言えなくて情けなくなっている日も、あのアザラシがどこまでも自由に、すいすいと冷たい海を泳いでいると思うと、不思議とさわやかな気分になれる気がする。

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