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調布飛行場連中 その16

ショーウィンドウの怪しい人影
 当時府中に住んでいた僕は、勤務先のT社までバイクで通勤していた。経路には甲州街道を使っていた。
 味の素スタジアムの甲州街道を挟んだ向かい側辺りに、YSP調布というヤマハ専門店があった。当時のバイク店といえば、こぢんまりとした自転車店+α程度のお店が多かったが、YSP調布はかなり広く床面積も自動車ディーラー並みで、しかも二階建てで展示車両も多かった。
 そのショーウィンドウの一階の一番手前、甲州街道に面した場所にRZV500Rは鎮座していた。僕は通勤の帰路ほぼ毎日のように、このショーウィンドウの前で暫くの間うっとりと、なおかつ細部までRZVを見つめ、いつの日か手に入れることを夢見ていた。 
 職業柄いつも帰宅時間は遅く、店の営業はとっくに終わっていたので、店員さんに怪しまれる事は無かった。今みたいに防犯カメラがあったら、毎夜ショーウィンドウに貼り付く怪しげなヤツが映っていて、さぞかし問題になった事だろう。

ケニーレプリカRZV
 ヤマハRZV500Rは言わずと知れた当時花盛りのレーサーレプリカモデルで、WGPライダー(だった)ケニーロバーツをキャラクターとして、1983年の東京モーターショウで発表された。そして翌年に市販され、バイク店にも展示されるようになった。
 RZVは登場時の新車価格が、825,000円と当時の750よりも高かった。ちなみに少し前に手に入れたヤマハXJ750Eが560,000円だったから、排気量の割には随分と高いバイクだった。

エキスパートからのダメ出し
 その後、一年位して念願のRZVを手に入れた。その頃、仕事でA社のカレンダー案件をお願いしていた、レーサー兼バイクジャーナリストのKDさんにRZVを手に入れた話をした。
 するとKDさんから「スリックタイヤでサーキットを走った経験が無いなら危険だよ」と言われてしまった。KDさんは雑誌にRZVの詳細な試乗記を執筆する程の方なので重く受けとめ、慎重に乗ることを心掛けた。
 でも本音を言うと「お前のような素人にはRZVは無理じゃないか」と断言されたようで、相当にヘコんだ。

RZVのカスタム
 このRZVは一時期、保管していた実家から追いやられ、知り合いの家の庭で数年間雨ざらしとなり(一応、ボディカバーは掛けていたが)、朽ち果てるのを待つばかりとなっていたが、手に入れてから二十年近くたって突如として(というか置き場所が確保出来たのを機に)カスタムを始めた。
 その筋ではかなり有名なRZV専門店の旧YSP小金井(現モトプラン)で、ブレーキ周り一式、前後タイヤ・ホイール、重いノーマルマフラーをSP忠雄のジャッカルチャンバーに換装し、しっかりとセッティングを出してもらい、劇的に速く乗り易くなった。
 その後、引越しの関係で仕方なく売却したが、素性のはっきりしない所には売りたくなかったので、コツコツと買い集めたタンク、シート、アンダー・テールカウル等々の予備パーツと共に、旧YSP小金井に引き取ってもらった。そのRZVが今はどうなっているのか、いつか訪れて聞いてみたいと思う。
(おわり)


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