190421パラダイムシフターnote用ヘッダ第04章03節

【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (3/19)【炊出】

【目次】

【飢餓】

 僧侶たちは検非違使らと挨拶を交わすと、米俵を堂内へと運んでいく。ミナズキも、そのあとを追う。

「メシだァ! メシをくれェ!!」

 餓鬼のようにやせ衰えた浮浪者の一人が、明けぬ夜空に向かって咆哮する。数名の検非違使が集まり、暴徒を化すまえに制する。

「場を乱すな! すぐに炊き出しがある……いま少し、待たぬか!」

 骨と皮だけの貧民は、あっさりと地面に組み伏せられる。ミナズキは、胸が締め付けられる思いをしつつ、僧侶たちのあとを追う。

 ミナズキは寺院の本堂を抜けて、裏側に位置する炊事場へと向かう。そこでは尼僧たちが、かまどに火を炊き、調理の準備を進めていた。

「さしつかえなければ、手伝いましょう」

「ありがとうございます、符術巫さま。助かります」

 ミナズキは、尼僧たちに混じって炊事場に向かう。すぐに、届いたばかりの米と野菜が運び込まれ、湯立つ大鍋のなかに次々と放り込まれる。

 野菜でかさを増し、少量の味噌で申し訳ていどの味付けをした雑炊は、味見する間もなく、大鍋ごと境内に運ばれていく。

「ならんで! おならびくだされ!」

「一人ずつ、順番に! 足りなければ、作りたしますから……慌てずに!」

 僧侶と尼僧が、大声を張り上げて貧民たちを先導する。ミナズキも、そのなかに混じり、施しを手伝う。

「列を乱さず……! 食べ終わった者は、食器を持たぬ者に椀を貸してあげてください!!」

 ぼろ布をまとった人々は、湯気の立つ大鍋を前にして、幽鬼のごとく列をなす。ときおり、奇声を発して暴れ出す者を検非違使が押さえつける。

 ミナズキは目を細めて、寺院境内のありさまを見る。もはや人間か妖鬼か区別の付かない者たち、いったいどれほどが罪を犯したというのだろう。

(──飢えが、人の心を荒ませているんだ)

 ミナズキは、思う。もし、地獄というものがあれば、このような風景だろうか。それとも、陽麗京は知らぬ間に地獄へと墜ちたのか。

「おつかれさまです! みなさま、お下がりください!!」

 年輩の尼僧が声を上げる。ミナズキが、はっ、と我に返ると、大鍋の中身は空になっていた。幸い、全員に配ることはできたようだ。

「ありがとうございます、符術巫どの。こうして衆生に食事を供することができるのも、符術寮の働きにほかなりませぬ」

「それどころか、わざわざ、ご足労のうえ、炊き出しまで手伝っていただけるとは……感謝してもしたりませぬ」

 周囲の僧侶や尼僧が集まってきて、ミナズキに感謝の言葉を述べる。激務で疲労困憊のミナズキの顔に、微笑みが浮かぶ。

「いえ……これも、私の父上が残してくれた教えと秘伝のおかげです」

 ミナズキの答えを聞くと、僧侶たちがとたんにざわつき始める。動揺は、境内の貧民たちにも広がっているのがわかった。

「……あれほどの御方が、なぜ『禁足地』に」

 僧侶の一人のつぶやき声が聞こえた。尼僧たちは、無言でミナズキのそばを離れていった。

【怪異】

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