190421パラダイムシフターnote用ヘッダ第04章04節

【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (4/19)【怪異】

【目次】

【炊出】

 寺社の炊き出しを見届けて、ミナズキは三日ぶりに自分の邸宅に戻ってきた。

「バウッ」

 番犬が、主人を出迎えるように一吠えする。と、その輪郭がゆがみ、霧のようにかき消える。あとには、よれよれになった呪符が残される。

 ミナズキは、懐から新しい呪符を取り出すと、息を吹きかける。霊紙の札は宙を舞い、見る間に姿を変えて、新たな番犬となって庭に着地する。

「ワン。ワンッ」

 符術の技によって作った式神だ。並のならず者であれば、追い払うていどの力はある。獣の式神は、正門の影の木立に身を潜める。

「以前は、こんなものを用意する必要なんてなかったのだけれど」

 ミナズキは独りごちながら、靴をぬぐ。『常夜の怪異』に襲われてから、都の治安は目に見るように悪化している。

 三日ぶりの自宅に、ミナズキはあがる。式神が仕事をしてくれたおかげか、何者かが入り込んだ気配はない。

「一日でも早く、夜を明かさせねば……」

 ミナズキは、机の前に座り、目前の匣の中に丁寧にしまわれた書物を取り出す。

 この邸宅のかつての主であり、当代一の符術巫としてその名を馳せたミナズキの養父が書き記したもの──符術の秘伝書だ。

 秘伝書は、十二年前に養父が消息をたったのち、当時は一介の検非違使であったシジズに託され、最終的にミナズキの手へと渡った。

「父上、シジズさま……ありがとうございます」

 ミナズキは、二人の恩人に感謝を欠かしたことはない。そして、養父であれば『常夜の怪異』を解決できたこと、その知恵が秘伝書に残されていることを信じている。

「お願いします、父上……どうか、此方に知恵を」

 ろうそくの灯を頼りに、弟子であり娘である符術巫は、師であり養父である男の文書をめくる。

 符術を学ぶため、怪異を鎮めるため、何度となくこの秘伝書を読んだ。中身を書き写したことすら、少なくない。

「でも、誰かが、この書に手を加えたのかしら……?」

 数え切れぬほど読み返すうちに、ミナズキは養父の秘伝書のなかにある二つの違和感に気づいていた。

 一つは、いままさに陽麗京を支えている食糧召喚の術式に関して。符術には使い手のクセが出るものだが、この術式だけ他の手法とクセが違う。

「そも、符術巫は一枚の呪符で術式を完結させようとするのに……なんでこの術式だけ、わざわざ複数枚の呪符を使って、さらに陣を組むのか……」

 もう一つは、『禁足地』に関する記述が皆無であることだ。

「なぜかしら……父上は、あんなにも『禁足地』に関心を配っていたのに」

 陽麗京を包み込む『常夜の怪異』は、今回が初めてではない。十二年前、都が三日間の黄昏におおわれたことがあった。

 ミナズキの養父は、いまは『禁足地』と呼ばれる北の霊山が異変の原因だと考えた。養父は、そこに向かい、見事に異変を解消した。

 だが、ミナズキの養父が帰ってくることはなかった、それ以来、北の霊山は『禁足地』と呼ばれるようになった。

 いまでは足を踏み入れるものもいないどころか、話題に出すことすら禁忌となっている場所に、ミナズキは怪異の原因があると思えてならなかった。

【荒廃】

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